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冨岡視点


いつもそうだ。
俺は大切な時に月陽の手を取ってやれない。


「…義勇さん、すいません」

「何故炭治郎が謝る」


掴めなかった手を眺めていると申し訳なさそうな炭治郎に頭を下げられた。

きっと月陽の事なのだろうが、だとするなら尚更謝る意味が分からない。


「俺が義勇さんの側に居たから…」

「一緒に駆け付けたんだ。当たり前の事だろう」

「でも、」

「月陽は、強い」


そう、月陽は強い。
仲間から記憶が無くなっても、俺が月陽を覚えていなくても彼女は挫けずにそこに有り続けた。

辛い事もあっただろう。
一人で泣いた夜もあっただろう。

それでも記憶が戻った俺を責めるどころか彼女は満面の笑みでありがとうと言ってくれた。
礼を言うのは俺の方だというのに。

心は側に。
その言葉をずっと守っていてくれた。

どんな敵に会っても、どんな優しい男に会っても、想い続けてくれた。


「俺は、信じると決めた。月陽を」

「義勇さん…」


すぐに思い出した煉獄や、体調を崩した時誰より側に居てそれこそ月陽を長い間想っていた伊黒に心が揺らいでも仕方ない状況だった。

最後の最後に思い出すような不甲斐ない俺では無く。


「…義勇さんといる時の月陽さんはすごくいい匂いがするんです」

「いい匂い?」

「へ、変な意味ではなくて!なんて言うんだろう…春の訪れを教えてくれるふきのとうが咲いた時の香りと言うか、花咲く間際の桃の香りと言うか…何だか心がふわふわして、義勇さんが大好きなんだなって思うような」


聞いていて照れ臭くなるような例えに、もし月陽が今の話を聞いていたらなんて考えてしまう。

照れて顔を真っ赤にしながら炭治郎の口を塞ぐんだろうか。


「きっと、もし月陽さんが記憶を失う側の立場だったとしても…義勇さんと同じ様にまた想い合ったんじゃないかなって、俺思うんです」

「どうしてお前が泣きそうになるんだ」

「お二人を想うと、色んな感情が押し寄せて何だか胸が苦しくなっちゃって。勿論良い意味で!」

「…そうか」


炭治郎は、月陽が痣者であるという事を知っているんだろうか。

もし、それを知ったのならどんな顔をするだろうか。

考えた所で俺には想像が出来ない。
想像したくないのかもしれない。

月陽の余命が残り僅かでも俺は最後まで側に居ると誓った。

かけがえのない笑顔を隣で看取ると決めた。

もし、この戦いで俺が死のうとも。
月陽が死のうとも、最期に側に居るのは互いだと誓いあった。


「炭治郎」

「はいっ!」

「必ず勝つぞ」

「…っ、はい!!!」


怖くなどない。
月陽とは必ず合流出来る。

今俺に出来ることは、炭治郎を守り生き抜く事だ。

そうした先できっと月陽に会える。


「義勇さん!俺、頑張ります!」

「…あぁ」

「必ず月陽さん達と合流しましょうね!」

「あぁ」


両手で拳を握った炭治郎に頷く。
炭治郎の言葉に何度救われただろうか。

仲間であり、弟弟子である炭治郎の頭を撫でると照れたのか驚いたのか目を見開いて珍しく口を噤んでいた。


「どうした」

「…ぎっ、義勇さんが撫でてくれた…!」

「勘三郎は良く撫でる」

「複雑!!」


喚き散らす炭治郎に何が複雑なのだろうかと内心首を傾げながら歩き出す。
立ち止まってる時間は無いが炭治郎に複雑な思いをさせるつもりではない。

俺が撫でるのが意外と言うことを言っていたのではないのだろうか。


「月陽も良く撫でるぞ」

「あっ、はい…」


やはり納得しづらそうな炭治郎だったが襖越しの気配にそんな事を気にしていられなくなった。
柄に手を置き神経を研ぎ澄ませる。


「炭治郎、来るぞ」

「はいっ!」


炭治郎は必ず守ってみせる。
だから少しだけ待っていてくれ。

生きて、また会おう。

日輪刀を抜いた炭治郎を視界で追いながら、俺は同じ水の呼吸を使った。

共闘するのも、弟弟子の同じ呼吸を使うその姿を見るのも胸が一杯になるという言葉が当てはまるような気持ちになる。

兄弟子らしい事など殆どしてやれなかった分、今は俺が炭治郎を導こう。

それが柱たる者の使命。
そうだろう、煉獄。





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