1
ぐったりとする月陽を抱き締めて目の前の鬼を睨みつける。
鬼と鬼同士の戦いなんて無意味。
そんなの分かってる。
だけどお父さんとお母さんに託されたこの子は死なせない。
短くても、長くても、人として命を全うさせてやるって決めたんだから。
「…鬼か」
「そうヨ。だけどこの子のお姉ちゃんだから、助けに来たの」
アタシが勝てる相手じゃない。
精々出来ることはこの子の盾になりながら救援が来るのを待つ事だけ。
「…あの方の血を…どこで手に入れた…」
「生憎自分で手に入れた訳でもないし、なりたくて鬼になった訳じゃないわ。ただの実験台ヨ」
「…人とは…罪深い生き物だな…」
「あんたらもそうでショ?今が鬼ってだけで」
自ら鬼となったあんた等と一緒にしないでって意味で言ってるのに分かってるのかしら。
あの厄介そうな刀をしまった目の前の鬼を睨み付けながら血鬼術で月陽の身体を影へ沈める。
「お前は…姉なのか…」
「だから何ヨ」
「永恋の血が…流れていないな…」
「当たり前でショ。アタシはただ拾われた子なんだもの」
通りで嫌な視線だと思った。
目が合っている筈なのに違う所を見ているような気がしたのはそういう事ね。
あいつには、私達の身体の内部が見えてる。
「…降れ…鬼同士の戦いは…無意味だ」
「だーかーら、さっき言ったデショ?何、鬼になって長いと言葉が通じなくなるのかしら」
「…憎いだろう…人間が…」
「えぇ、嫌いヨ。でもアタシはもう間違わないって決めたの。お父さんとお母さんに叱られるなんて真っ平御免だもの」
アタシを最期まで愛してくれて、微笑みかけてくれた二人をもう二度と裏切らないって決めたの。
死に急ぐ阿呆な妹をよろしくねって言われたから、アタシはこの体が朽ちる最期までその約束だけは絶対に守る。
それがアタシに出来る唯一の罪滅ぼしだから。
「アンタ、気付いてるの?」
「…なんの話だ…」
「頸、ちょっとだけど焼け焦げてるわヨ」
「………」
すぐに再生したのだろうけどアタシには分かる。
新しい皮膚の下に焼けた傷口があるのが。
指摘すれば黙った鬼に鼻で笑ってみせた。
「あの子にやられるなんて本当に上弦の…っ」
バラバラと自分の体が崩れる。
直ぐに再生させながらアタシの影を狙う刀を避け距離を取った。
ただ距離を取るその行動だけで何回再生したか分かんない。
「図星?太刀筋に乱れが出てるわ。ただ力任せに型を使って…あの子の月の呼吸のがまだマシね」
「……」
「血の繋がりはないけど、この子の姉で良かったわって思うのヨ。ほんと計り知れない。まぁ、だからこそ今は数が減った鬼に強い子を引き入れたいって所かしら?」
一体いつそんな力をつけたのか分からないけど、月陽は既に痣者。
跳ね上がった身体能力が何をもたらすのか知ったことでは無いし興味も無いけど上弦の壱ですら再生できない傷となれば別。
「ならば…その娘を…よこせ」
「嫌ヨ。この子が死ぬ以前に鬼になったなんて知られたらアタシ、死んでも死にきれないじゃない」
コイツが月陽に拘る理由は強さからじゃない。
ふとそう思ったアタシは血鬼術を展開させる。
「月の涙」
広範囲に泥を展開させて黒死牟の足元を飲み込む。
幾ら凄腕の剣士で鬼だとしてもこの泥濘んだ床は動きづらいはず。
「まだまだ行くわヨ」
「………」
「血鬼術、月影喰い」
薄暗い室内でも影は出来る。
動きの止まった黒死牟の影を狙って爪を伸ばし両腕を切り裂く。
アタシにとって日輪刀が何より面倒。
最早鬼の物となったそれが本来の役目を担っているかは分からないけど。
『陽縁』
「あら、起きたの」
『ここから出して!』
「まだ駄目。あんた一人じゃ…っ」
血鬼術の中で眠っていた月陽の声が頭の中に響いてくる。
少しでもアタシが身動きを封じてから出てきて貰わないと、あの子一人じゃこいつの相手は荷が重過ぎて死ぬだけ。
会話してる間に両腕を復活させた上弦の壱の攻撃が顔半分を抉った瞬間すぐに再生させて両手を前へ構える。
「邪魔しないでくれるかしら」
「…邪魔をしているのは…お前の方だ…」
「あたし達は家族だもの、会話したって良いじゃない」
指の先から糸を作り出して影へ繋げる。
「千切れちゃえ。血鬼術、影絡繰」
「……」
糸を引っ張り上弦の壱の足を捻り切る。
一瞬態勢を崩しただけですぐに新しい足を再生させる姿に苦笑した。
「ほんと、鬼同士の戦いって不毛ネ」
「…来た」
「はぁ?」
不意に琵琶の音が聞こえて、アタシ達以外の気配が一気にこの部屋へ近付いてくる。
この気配は間違いなく人間のもの。
「なぁに、自分から追い込むとかそういう性癖でもあるの?」
「…強い者と…戦うは…運命」
「じゃあ柱って事ネ」
アタシを見てどんな反応をするのか見物だけど、こっちにも攻撃してきたら面倒。
最悪月陽を出さなきゃいけないかもしれないといつの間にか斬られていた糸にこっそりため息をついた。
.
←
→