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ここは何処だろう。

目の前には森が広がり、とても暗い。


「どうして…」


ふと声が聞こえてそちらへ向けば男の人が俯き膝を地面についている。

どうかしたのかと声を掛けようとした時、自分の声が出ない事に気がついた。


「巌勝様…っ!なぜ、貴方が鬼に!」


叫ぶように顔を上げた男の人の顔に目を見開く。
その人は、私の父によく似ていた。

腰には刀を差し、涙を溢しながら嘆く彼の背後に誰かが近寄る。


「裏切り者の手下め!」

「ぐっ…!」

「貴様も縁壱と共に鬼殺隊を辞めろ!!」


石を男性に投げる同じ鬼殺隊と思える人達。

思わず駆け出してしまいそうになった瞬間、投げられた石が粉々になって地に落ちた。


「兄上の事は私が責任を負う。この者に手を出すな」

「っ、縁壱様…!」


呼ばれた名前と共に月明かりがその人の顔を照らす。
刀鍛冶の里で見た絡繰と同じ顔。
そして、炭治郎と同じ耳飾り。

夢に出て来た彼と同じ。


「よく、兄上を支えてくれた」

「…私は、」


混乱する頭に目の前の光景は待ってくれない。
いつの間にか取り囲んでいたはずの人たちは消え、彼ら二人になっている。


「月の呼吸を、取得します。出来るか如何かは分かりませんが」

「……鬼になった兄上を恨まないのか」

「私は…巌勝様に助けられて鬼殺隊に入りましたから」


大粒の涙はまだ止まらないと言うのに、父に似た彼は強い眼差しと微笑みを縁壱と呼ばれた人へ向ける。
驚いたのは私だけでは無く彼もだったようで、凪いだ瞳が大きく見開かれた。


「……ありがとう」


薄く微笑んだ彼は一言残して歩き出す。

段々と近寄ってくる縁壱さんを見つめていれば、父に似た男性は消え私と彼だけの空間になる。

きっと私は認識されていない。
今度は何が起きるのかとそのまま立ち竦んで見守ろうとしていれば、縁壱さんは私の目の前でぴたりと足を止めた。


「…まさか、生まれ変わったお前が鬼狩りになるとは。縁というのは不思議なものだ」

「…え、」

「月陽」


誰に話し掛けているのだろうかと思わず声を出せば、それは音になり縁壱さんは私の頬へ手を伸ばす。

冷たい手が触れて、優しく撫でられる感触はまるで現実のよう。


「良い名だ」

「わ、私が見えて」

「ずっと見ていた」


悲しそうな、慈しむような瞳は少し伏せられ頬を撫でていた手は私の腕を伝い指先に絡む。

胸を締め付けられるような感覚に戸惑いながら縁壱さんを見つめる。


「――会いたかったよ、縁壱」


ふいに口をついて出た言葉に驚き、絡んだ指とは反対の手で唇に触れる。


「ずっと謝りたかった」


切なげに寄った眉が美しくて、自分の意志とは関係無く目の前の縁壱さんに私の体が近寄って抱き締めた。

大きくて強く引き締まった、義勇さんとはまた違う体。


「…月陽ーうたー


名前は私の物の筈なのにまるで別人を呼んでいるかの様な違和感に混乱する頭は既に許容範囲を超えて、今はただこの状況を理解しようとする事しか出来ない。

でも、勝手に動く体や口は不思議と不快感はなかった。
彼の瞳を見て、何となく私と誰かを重ねてるんだと思った。


「…泣かないで」


彼の頬を流れる雫に、なんて美しい涙を流す人なのだろうと思った。


「大丈夫だよ」


そう言って微笑めば、縁壱さんは私の体をもう一度優しく抱き締める。

前に見たあの夢は、きっと縁壱さんの大切な人との思い出だったんだ。

それに気付いた瞬間、何かが体の中を抜けて行ったような感覚があった。


「月陽、俺では…私では兄上を止める事が出来なかった。永恋の血筋を受け継ぎうたの魂を持つ者、どうか…」

『月陽!!』


止めてやって欲しい、そう言った縁壱さんの言葉と同時に聞き覚えのある声が私を呼ぶ。

抱き締められていた私の体はゆっくりと浮かび上がり、縁壱さんから離れていく。

最後まで繋がれた指先に彼の名を呼ぶ。


「わたしっ…頑張るから!貴方の想いも、うたさんの想いも背負って!縁壱さんの耳飾りも、ちゃんと炭治郎が受け継いでくれてます!」


縁壱さんと炭治郎の祖先がどういう関係なのかは分からない。
でも同じ耳飾りを持っているのなら何かしらの繋がりがある筈だから。


「だから、任せて下さい!!」

「……あぁ」


指先が離れる瞬間、縁壱さんはまた嬉しそうに笑った。

泡のように姿が消えていく縁壱さんへ大袈裟に首を縦に振ると感謝の言葉が聞こえて、意識が浮上する。


「……小芭内、さん」

「っ、お前は!こんな所で寝るな!」

「へへ、すいません」


目を覚した時、私は小芭内さんの腕の中だった。

後ろに見える沢山の部屋や襖によく受け身も取らず無事だったなと思う。


「そうだ、珠世さんは…」

「あの、鬼舞辻を止めていた鬼の事か?」

「…ごめんなさい。しっかりしなきゃ、ですね」


体を起こせば辺りには鬼の残骸が消えている途中で、小芭内さんが眠っている私を守ってくれていたんだと気付く。


「もう、大丈夫です。ありがとうございます」

「…あぁ」


襖を破る音が聞こえ、二人で刀を抜く。
今は目の前の鬼に集中しなくちゃ。

珠世さんが鬼舞辻に近付いたと言う事は何かしらの手を打ったからだ。


「月の呼吸、」

「蛇の呼吸…」


覚悟を決めたなら、前に進まなきゃ。
愈史郎君と約束したじゃないか。



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