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包み込むように私を抱き締めた義勇さんに目を見開く。
無惨は興味を失ったようにこちらを見ていた。
「汚い手で月陽に触れるな」
静かに怒りを表す義勇さんの目が血走っている。
こんな風に怒ったところを未だかつて見た事があっただろうか。
それでも私を支える手は優しくて、瞳に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
「何をした」
「義勇さん、」
「月陽に何をした」
有無を言わさぬ程の勢いに私達の後ろに居る炭治郎も口を挟むどころではないらしく、ただ無言で状況を見ている。
「…何をそんなに怒る必要がある。女など幾らでも居るだろう」
「俺が想う相手は月陽一人だ」
「その女に拘る理由が分からないな。居なければ別の女で済ませるくせに、人間というものは変に固執する」
「貴様にそんな事を言われる筋合いはない」
怒っていても攻撃を無闇に仕掛ける気は無いのか私から離れる様子の無い義勇さんの羽織りを引っ張る。
そうすれば無惨から視線は逸らさずともそっと髪を撫でてくれた。
この場に無惨が居なければきっと泣いて縋っていたかもしれない。
「…月陽さん」
「ん、」
「……珠世さんは…」
匂いで察したのだろう炭治郎が真実を知ろうと視線を向ける。
それに唇を噛みながら顔を横に降ると俯いてしまって表情を見る事は出来なかった。
「…ちゃんと、お礼も出来ていないのに」
「ごめんね、炭治郎」
「違います。月陽さんは悪くない」
それに感謝を述べる事も、何か別の事を言う事も憚られて私達はすべての元凶へ視線を移す。
無惨を見て色々な事を思い出したのか日輪刀を構えた炭治郎が歯を噛み鳴らし睨み付けた。
「全て、全てあいつが悪いんです」
「炭治郎」
今にも飛び掛りそうな炭治郎へ義勇さんが声を掛ける。
「落ち着け」
先程と変わらない雰囲気のまま義勇さんはもう一度口を開く。
「落ち着け」
その言葉はまるで自分にも言い聞かせているようで、私へ回した手にそっと自分の手を重ねた。
ここに来るまでに戦ったのだろう傷が癒えていない。
こんなに怪我をしたところを今まで見た事がないから炭治郎と一緒に激戦を駆け抜けてきてくれたんだろう。
「しつこい」
ふと聞こえた呆れた声に私は目を見開く。
「……は?」
「しつこいと言ったのだ。心底うんざりした。口を開けば親の仇、子の仇、兄弟の仇と馬鹿の一つ覚え。お前たちは生き残ったのだからそれで充分だろう」
「…っ、コイツ」
「月陽」
今まで炭治郎や義勇さんが怒りを顕にしていたけれどもう限界だと日輪刀に手を掛けた瞬間、それを分かっていたかのように回されたままの手が待ったを掛ける。
これ以上あの戯言を聞く必要なんてないと義勇さんを見れば眉間にしわを寄せたまま。
「お前何を言ってるんだ?」
「私に殺されたのは大災に遭ったのだと思え。何も難しく考えることは無い」
淡々と、まるで自分を正当化してるとすら思っていない程当たり前の事のように告げる無惨に炭治郎が目の色を無くす。
「死んだ人間が蘇ることは無いのだ。いつまでもそれに拘っていないで日銭を稼いで静かに暮せばいいだろう」
蘇らないのは確かにそうかもしれない。
復讐は何も生まない。
でも私達がこうして剣を取ったのは復讐もあるかもしれないけれど、自分達のような思いを他の人にして欲しくないと思っての事だってあるのに。
「無惨」
言い返そうとした時、全く感情の読めない炭治郎の声が響いた。
「お前は、存在しちゃいけない生き物だ」
鬼ですら慈愛を持って接する事のできる心優しい炭治郎から初めて聞いた、存在自体を否定する言葉だった。
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