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無一郎。
ほんとは君にはもっともっと、たくさんの事を経験して欲しかった。

炭治郎や、禰豆子。
善逸や伊之助、カナヲちゃん、玄弥。

他にももっと、無一郎の心を豊かにしてくれる友だちとたくさん遊んで欲しかった。


「炭治郎が来たんだ。前に会った時よりもっと成長しててね」


柱稽古の時、炭治郎が来た事を嬉しそうに報告してくれたね。

いつも義勇さんが居ない時に遊びに来ては私とお菓子を食べてくれたり、お喋りしたり、本当に無一郎と居る時間は楽しくて。


「大好きだよ」


私へ向けて言ってくれた言葉が、私の大好きと違うのは分かってた。
でも私には義勇さんが居たから、答えてあげられなかった。

それもきっと無一郎は見抜いていたんだろうね。

ずるい私を、それでも愛してくれた。


「……ぅう、っ…うぅぅ…」


黒死牟の動きを止めようとした時、無一郎は私に向けて放たれた攻撃から沢山守ってくれた。

守ってあげると言ってた存在はいつの間にか私より大きく育っていて、頼もしくなってた。


「必ず、必ず鬼舞辻無惨を倒すから。絶対に倒すから…っ」


だから、待っててね。

無一郎の想いも、玄弥の想いも、ちゃんと私達が背負って行くから。


「…月陽。少し休むと良い。私は不死川の様子を見てくる」

「…すいま、せん…」


大きな手が離れ、私は疲労に身体が耐えきれず横たわる。
無一郎の頬に触れながら、ゆっくりと目を閉じた。

もう少しだけ、側に居させて。



―――
――



「月陽」

「……無一郎?」

「傷だらけ、だね」


名前を呼ばれて目を開ければ初めて会った時と同じ服装をした無一郎が私に触れる。


「無一郎!」


目の前の無一郎を思い切り抱き締めれば苦しいよ、と返ってくる。

夢でもいい。
なんでもいい。

あんな最期は嫌だった。


「…泣かないで」

「だっ、て…!」

「ずっと側に居るから、大丈夫」


抱き締め返す無一郎の背はいつの間にか私を追い越していた。
少し上にある無一郎の目を見ると、穏やかな瞳が弧を描き、それから少しだけ悪戯っ子の様な笑みを見せる。


「そんなに見つめたら口吸いしちゃうから」

「…何言ってるの、もう」

「何も変な事は言ってないよ。僕は月陽を好きなんだから。好きな子に見つめられたらそうしたいと思うのは男として当たり前でしょ?」

「無一郎…」

「ま、冨岡さんに怒られるからここで我慢しよっと」


戸惑う私の頬にちゅ、と音を立てて無一郎の唇が触れる。
男の子なのに柔らかい唇の感触がして顔を真っ赤にすれば、今度こそ無一郎は声を出して笑った。


「あはは、可愛い」

「…うぅ」

「やっと泣きやんでくれたね」


私の涙の跡を指で拭って無一郎は体を離す。
それが寂しくて、嫌で、縋るように腕へ力を込めようとすれば無一郎が困った様に頭を横へ振った。


「まだ戦いは終わってない。本当は行ってほしくなんか無いけど…それでも、月陽には前を向いて欲しい。俺の死で俯いて欲しくない」

「……分かってるけど」

「僕を助けてくれてありがとう。弟として愛してくれてありがとう。月陽と出会えて、嬉しかった。鬼殺隊に入れて、良かったと…本当に思ってるよ」


いつもは私が撫でる側なのに、無一郎は頭を撫でて今度こそ距離が離れて行く。


「無一郎。弱いお姉ちゃんでごめんね。私頑張るから。絶対絶対、勝ったぞーって無一郎に報告するから!」

「何言ってるの。月陽は弱くなんか無いよ。でも、その報告は楽しみに待ってる」

「ありがとう、無一郎。大好きだよ」


最後に無一郎の頭を撫でて不器用な笑顔を浮かべると、少しだけ泣きそうな顔をして。


「ふふ、ちょっと不細工」

「あ、こら!人が頑張って笑顔作ったのに!」

「冗談だよ。月陽はいつだって可愛いし、綺麗だから」

「…もう!」

「それじゃあね、月陽」


片手を振る無一郎に頷いて私も手を振る。
誰の死も無駄にしない。


「…うん。またね、無一郎」


前を向くんだ。
今私が休んでいる間もみんな戦ってる。

霧のように消えた無一郎を見送って私はゆっくりと現実世界で目を開けた。

義勇さんと、皆と合流して早く鬼舞辻無惨を倒す。

もう二度と鬼との戦いで悲しい思いをする人が居なくなるように。


『――僕は、とっても幸せだったよ』


不意に聞こえたその言葉に唇を噛んだ。


「………私も、無一郎に出会えて幸せだった」


無一郎に守ってもらったこの命、絶対に無駄にしないよ。





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