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ぴたりと動きを止めた彼は私を、私の背後を見続けた。
「継国巌勝さん」
名前を呼べば、何故か彼の声が聞こえるような気がして。
―――私は…俺は、
「ぅ…っ」
声や映像が入り込んできて、焼ける様な痛みに顔を顰める。
その間にも二人は彼の身体を攻撃していく。
『巌勝様、もう終わりにしましょう』
『俺は、こんな醜い姿になってまで』
『…巌勝様』
夢で見た彼が黒死牟へと、巌勝さんへと語り掛ける。
それでも彼の言葉は届いていないんだろう。
頭を抑えながら黒死牟を見れば、無一郎が刺した場所から体がどんどん崩れていっている。
「巌勝さん」
粉々と散りゆく中の手を取り包み込む。
『……縁壱が、羨ましかった』
もう頭は無いというのに、彼の声が聞こえた。
彼の思念が、私の頭に流れてきているのだろうか。
『家を捨て、妻子を捨て、人間である事を捨て、子孫を斬り捨て、侍である事も捨てたと言うのに…ここまでしても駄目なのか』
「…貴方は、貴方じゃないですか」
『私は辿り着けなかった。あいつと同じ…お前と同じ世界を見ることは出来なかった』
私の手の中で辛うじて残っている手は小さく震えていた。
縋るように、悔しさを表すように私の手をきつく握っている。
『何故私は何も残せない。何故私は何者にもなれない。何故私とお前はこれ程違う。私は一体何の為に生まれてきたのだ。教えてくれ、縁壱』
無一郎や玄弥、犠牲になった人々のが多い。
私だって、黒死牟と言う鬼を恨んだ。
人の心が壊れるのは簡単だ。
だからこうして自ら鬼となる人も居たのだろう。
『お前も…道連れに…』
手が再生して私の頸へ伸びる。
『なりません、巌勝様』
『………永恋』
『月陽は連れて行かせませぬ。それだけはさせませぬぞ』
また重なった気配に顔を上げれば永恋、さんが彼の欠片を撫でていた。
『もう、辞めにしましょう。先程、ご自分で痛く感じた事…お忘れになりましたか』
『……』
口を閉ざした巌勝さんの手を、彼は掬い上げ私から遠ざけた。
『参りましょう、巌勝様』
『…お前は、何故私に拘る』
『私は貴方様に憧れ、尊敬しておりましたから』
永恋さんは満面の笑みを巌勝さんへ向けた。
そのへらりとした笑顔は父さんそっくりで、殻になった手を握り締める。
『…ですが、過ちは正さねばなりません』
『…そうか』
『はい』
『……永恋…私にも、何か残せるものはあったか…』
柔らかな笑顔を引き締めそう言った永恋さんに、黒死牟が人だった頃の巌勝さんへ戻っていく。
とても端正な顔立ちで、縁壱さんととてもそっくりだ。
生前の彼は、きっと縁壱さんに固執しすぎてしまっていたんだろう。
そう永恋さんにぽつりと呟くと、彼はきょとんと目を瞬かせた後すぐにまた笑みを浮かべた。
『どうでした?私の月の呼吸は』
『……そう、だな…たいしたもので、あった…』
どや顔で腰に手を置く永恋さんに、ふと巌勝さんが笑った気がした。
『月陽』
巌勝さんの背に手をおいた彼は笑顔で私へ向かって手を振る。
『ありがとう』
そう言って、巌勝さんと共に彼は消えていった。
「……貴方は、縁壱さんに拘り過ぎた。貴方を愛してくれる人に、もっと目を向けるべきだったんです」
空気中に消えていったその欠片に振り返る事なく、私は今度こそ無一郎の元へと向かう。
「むいちろう」
へたりとその場に座り込み、無一郎の頬に触れる。
硬直の始まった無一郎の体はもう冷たくなってきていた。
「……ご、めん…ごめん、ねっ…」
涙が溢れて無一郎の頬を伝う。
玄弥も、無一郎もまだ若いのに。
この戦いは無情にも彼らの若い命を奪っていった。
「無一郎、ごめんなさい…!」
有一郎君にも約束したのに、私はそれも守れなかった。
可愛くて、素直で、大切な弟。
声を上げて泣く私の背中に大きな手が添えられる。
「…謝るな。時透は、お前に謝って欲しいわけでは無い」
「ひめ、じま、さま…っ」
「誇れ。時透を大切に想うのであれば。そして、どうか褒めてやって欲しい」
時透はお前に頭を撫でてもらうのが好きだったから、そう言って悲鳴嶼様は涙を流した。
目を閉じた無一郎の胴体は悲鳴嶼様の羽織りで覆ってある。
私はそっと、優しく、いつものように無一郎の柔らかい髪を撫でた。
「ありがとう…無一郎。とっても、とってもかっこ良かったよ…」
そう言えば、何だか無一郎が笑った気がした。
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