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ふ、と風が過ぎって私はもう一度刀を握り直す。
どう考えても私はこの二人には劣る。
でも、勝たなくちゃいけない理由が私にはあるから食らいついていかなくちゃ。
息付く暇も無い戦いは更に激化する。
悲鳴嶼様の攻撃と不死川様の攻撃。
その間に私は反対側へ潜り込み足に力を込める。
「葉月」
痣を顕現しているお陰かやはり以前とは速さも威力も違う。
私達の攻撃は着実に黒死牟を追い詰める。
頸を狙え。
頸を…そうでなくては意味が無い。
「っち、月陽!!!」
「はい!」
流石は戦国時代を生きてきた鬼。
厄介と踏んだ不死川様の日輪刀を折りに来たのか、刃を立てて押し返した隙に足留めを狙う。
「拾壱ノ型 霜月」
足元へ日輪刀を突き立てそのまま斬り上げる。
切っ先が胸元を掠り服も凍らせ始め、それを見ながら私は大きくその場を離れ控えていた悲鳴嶼様が黒死牟の耳を落とす。
「まだだっ!畳み掛けろ!」
「はいっ!」
「頸を…頸を斬るまでは!」
「そうだ。その通りだ」
「っ、…!」
服が切り裂かれた黒死牟が顔色も変えずに私達へ無数の目を向けた瞬間。
「っぐぁ…!」
目視でも確認出来ない攻撃に襲われ私は血を吐く。
脇腹を抉られ、肩から肘に掛けて血が噴き出した。
「着物を裂かれた程度では…赤子でも死なぬ…」
「ぐ、っ…ぅ…」
その場に膝を折りながら止血を試みる。
視線だけは逸らさずにいれば刀が変形していた。
「っゲホッ、」
ぼたぼたと口から、鼻から血が止まらない。
集中しろ。
止血と、アイツの動きに。
悲鳴嶼様が軌道を変えてくれていなければ私は五体満足でいられなかった。
ひゅうひゅうと呼吸器が嫌な音を立てる。
息も満足にできない。
大きく、そして長くなった黒死牟の攻撃はまだ来る。
「っ、ぅ…ごけ…っ!動け!!」
お腹から声を出して気合を入れる。
考えてる暇なんて無くて、気力で動かなくちゃいけない。
再び技を出そうとする黒死牟を見ながら立ち上がり、刀を構えた。
(攻撃を受けたら死ぬ…!でも大きく避ける程今は動けない)
それなら技を出して躱せばいい。
「っ、」
技を出そうとした瞬間足元がふらつき体勢が崩れる。
技が出せない。
動けない。
音も無く大きな刀を振る黒死牟を眺める事しか出来ずにいた私の服が後ろへ引っ張られた。
「…げ、んや」
「すまねぇ、手荒だがこうする事しか出来なかった」
私を助けてくれたのは玄弥だった。
彼の手には何かが握られているけど、体は無事なようだ。
「…体は、大丈夫なの…」
「………まぁ、…はい」
「上弦の壱ともなれば鬼舞辻の血は濃い。しっかり…意識を持ってね」
何をしたのかは見れば分かった。
不死川様から目線を外さない玄弥に私が言える事はこれくらいしかない。
無一郎もいつの間にか戦いに加わっている。
「玄弥」
「なんですか…?」
「助けてくれて、ありがとう。貴方が居なかったら私は死んでたよ」
「っ…」
「私はまだ、戦える」
鼻血を袖で拭って、胸元にある両親の形見に手を添える。
あの人の願いを、縁壱さんの想いを背負って私は勝つんだ。
――月陽。
「大丈夫だよ、陽縁」
声しか聞こえない陽縁。
きっと私を守ってくれている間、たくさんの力を使ってくれていたんだろう。
不死川様の血があるのもそうだけど、何となくそうなんだろうなと思うのはきっとあの消えかけた指を見ていたから。
「月陽さん、」
「私は柱の中で一番弱いけど、そんなの関係無い。私は、私。…諦めない。だから、よく考えてね」
私を引き止めるような素振りを見せる玄弥にそう言い残して走り出す。
彼が持っていた布がずれて黒死牟の刀身が見えていた。
もしかしたら不死川様に殴られるかもしれない。
でも、お二人のように強くなくても私達は私達にできる事をやらなくちゃいけない。
その為に、鬼殺隊に入ったのだから。
「無一郎」
「月陽!」
「身体は、」
「僕達で隙を作ろう」
満身創痍な無一郎に気付かれない様唇を噛む。
本当は休ませてあげたい。
失血と傷の具合を見れば無一郎が動いている事すら不思議なのに、私は…あの強い瞳にそんな事を言えない。
「――…分かった。行こう」
「任せて、月陽」
ごめんなんて言えない。
それは無一郎に対して冒涜となるから。
私は、無一郎が鬼殺隊に入った事が嬉しかった。
それと同時に、不安でもあった。
いつかこんな日が来てしまったら、そう思うと怖かった。
「……月陽」
「っ、何…」
「ごめんね。ありがとう」
間合いに入ろうと技を潜り抜け、傷付きながらも何とか隙を伺う私へ無一郎は笑った。
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