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「風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐!」

「月の呼吸 伍ノ型 皐月」


私は不死川様より弱い。
彼の邪魔にならない様動きを合わせながら体の傷を見る。

あれだけ血を流しながらここまでの動きは最早流石としか言いようが無い。


「っ、げほ…」


鼻血が垂れているのが喉にまで来たのか小さく咳き込む。

気を抜いてしまえば死ぬ。
今それだけの攻防をしているのは分かっているけれど、とは言え私達は人間だ。

鬼とは違い、限界というものがある。


咳き込んだ瞬間、黒死牟からの足払いが飛んできてぎりぎりの所で避けた瞬間斬撃が襲い掛かってくる。


「し、なずがわ…さまっ」


掠めた程度で何とか躱せたけれど、掠った耳朶からはパツンと肉の切れた音がした。


「微酔う感覚も何時振りか…愉快…さらには稀血…」


崩した体勢を整えている間に不死川様へと標的を変えた黒死牟は愉しそうに微笑み、日輪刀を足で踏み付け地面に押さえ付ける。

そして振り上げられた狂刃が不死川様へと振り下ろされた。


「まに、あえ…っ!!」


不意に足元にあった玄弥の銃を蹴り不死川様の手元へ送る。
瞬時にそれを察してくれた不死川様が手に取り、刃を受け止めながら銃を発砲したけれど掠り傷すら付かないどころか、怯むことすらさせられない。


「月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り」

「っ、師走!」


何とか少しでも黒死牟の斬撃を不死川様に当たらない様呼吸を使って捌こうとしていると、もう一つの気配が近付いてくる。

動きを封じられていた不死川様を回収し、私が去なしきれなかった分を無効化したその人物へ振り返った。


「不死川。腹の傷は今すぐ縫え。その間は私が引き受ける」

「悲鳴嶼様…!」

「月陽も不死川の手伝いをしながら今の内に呼吸を整えなさい」

「はい」


現れた悲鳴嶼様の指示に頷き、後ろへ下がる。


「不死川様、私もお手伝いを」

「気にすんなァ」

「そうはいきません。悲鳴嶼様の指示です」


柱の中でお館様が定めた上下は無い。
それでもやはり組織というものは何となくでも抜きん出て従うべき人間という者が居る。

従うべきである、そう思える人が私達にとって悲鳴嶼様だ。

初めてお会いした時、柱合会議へ参加した時にそう思った。


「傷を」

「チッ…分かったよ」


流石の不死川様も悲鳴嶼様からの指示となれば従わざるをえないんだろう。
それにこの判断を間違いだとは思わない。

人の身体を縫う、と言うのは基本した事がないけれど傷口の縫合は鬼殺隊である以上最低限の知識は教えられる。

傷を作るのなんて、私達は逃れられぬ定めでもあるから。

特に筋肉で硬い人の身体を縫うのは大変だけれどそんな事は言っていられない。


「…出来ました」

「おォ」

「先に加勢します」


両の手に力を込め、息を吐く。
身体が熱い。
心拍が上がる。

一人で戦ってくれていた悲鳴嶼様の近くへ飛び、日輪刀の柄へ手を添える。


「皐月」


爪先へ力を込め足を踏み込み抜刀する。
悲鳴嶼様の鎖による包囲網で黒死牟の逃げ道が限られている間に一撃を入れたい。


「っ、」


弾く事なく避けたのはどうしてか、私は陽縁の泥の中にいた時の言葉を思い出した。

――新しい皮膚の下ヨ。


「……そうか…お前も…痣者…残念だ…」

「残念とは?」

「見た所…お前の…年の頃合いは…二十七…といったあたりか…」

「それが何だ?」


それぞれの武器を構えた私達を見た黒死牟はぽつりぽつりと言葉を連ねた。
隣を見れば悲鳴嶼様も痣が顕現している。

その事をきっと黒死牟は言いたいのだろう。


「痣の者は例外なく…二十五の歳を迎える前に死ぬのだ…お前もだ…月陽…」

「…何を、今更」


嘆かわしいと、そう告げる黒死牟に眉が寄る。

何が嘆かわしいのだろうか。
人の命を何とも思っていないくせに。
私達の覚悟までも、馬鹿にするのか。


「…月陽」

「っ、はい…」


息を荒げて黒死牟を睨む私を見た悲鳴嶼様が名前を呼ぶ。
落ち着かなきゃ。
そう思うのに怒りが収まらない。


「…そのような生半の覚悟で柱になる者などおらぬ。甚だしき侮辱。腸が煮えくり返る」


いつも穏やかな悲鳴嶼様。
勿論誰かを叱るという事はあったけれど、それ相応の理由が無ければ彼は怒ったりしない。

それでも黒死牟の言葉は悲鳴嶼様の逆鱗に触れたのだろう。

初めて見た憤怒の表情に私でさえ背筋が凍った。


「今ひとつ話していて気づいたが、お前は一つ虚偽を述べたな」

「ふ…何を言う……私は何一つ偽ってなど…」

「悲鳴嶼様、それはもしかして…」

「例外はあったのだろう。痣を持ち二十五を超えて尚生き続けた者が居た」


ふと黒死牟の時が止まったように動かなくなる。
この動揺、私が縁壱さんの話をした時と同じだ。

黒死牟と縁壱さんはただの兄弟という話の中では収まらないようだ。
いや、違う。

彼は黒死牟の話をされた時動揺なんてしていなかった。
感じたのはそう、憐れみと慈しみ。

黒死牟が、縁壱さんへ持つ思いに何かがあるんだ。




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