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「な、何だっていうんだ…?」
俺は戸惑っていた。
永恋さんが居なくなって今の今まで全員で探していたはずなのに、どうしてどいつもこいつも彼女の名前すら忘れているんだ。
「あの、蟲柱…永恋さんって」
「永恋さん…新しい隊士の方ですか?」
「いや、冨岡…じゃなくて水柱の彼女で」
「冨岡さんに彼女?ふふ、あの人にですか?きっと落とし穴にハマったせいで頭を打ってしまわれたんですね」
平隊士の俺ではあるけど、蟲柱が冗談で嘘をついているようには思えなかった。
ちょうどその時、何かの用事があったのか冨岡が診察室に顔を出しに来たから勢い良く振り返って永恋さんの事を聞こうと口を開く。
「と、じゃなくて水柱!永恋さん知ってますか?」
「…知らん」
なぁ、嘘だろ?
どうしてそんなに冷たい目でこっちを見てるんだよ。
あんたあんなに大切にしてたじゃないか。
余りの冷たさに泣きそうになった。
誰も彼も、永恋さんの事を知らないしそれに関する物も無くなっている。
血鬼術かもしれない。だが柱達までそれに掛かっているとなると俺一人ではきっと何も出来ない。
以降俺は永恋さんの事を誰かに問う事もなく、ひたすら一人で彼女を探し続けた。
もし血鬼術で彼女の存在を忘れさせていると言うのなら、間違いなく生きているはずなんだ。
死んだ人間をわざわざ記憶から抹消するなんてこんな大変な事を鬼がするはずも無い。
「永恋さん」
永恋さんのお陰であいつはたくさんの感情を取り戻した癖に、あんたの事忘れた途端に逆戻りだ。
柱達だってまたまとまりが無くなったし。
早く、早く帰ってきてくれよ。
俺の目からぽたりと涙が落ちる。
忘れられた彼女はもしかしたらもっと辛い思いをしているかもしれないのに、それを思うと更に悲しくなって涙が止まらなくなった。
俺がこうしている間にも、あの人は痛い思いをしていないだろうか。
冨岡の馬鹿野郎。どうしてあんなに愛してたのに忘れてるんだ。
あんな可愛くて強くて優しい人、仏頂面のお前には勿体無いくらいなんだぞ。
勿体無いけど、誰よりお似合いの二人だったんだぞ。
お前にとって、あの人は鬼の血鬼術に負けちゃうような存在だったのかよ。
End.
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