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「そう言えば冨岡さん」
暫く何も無い道を歩いていると、思い出したように冨岡の少し後ろを歩く月陽が話し掛けた。
その声にちらりと顔だけを向けた冨岡に小走りで隣へ来て顔を覗き込みながら口を開く。
「何故私が伊黒様とお会いしたの分かったんですか?」
「……」
「別に隠してるつもりも無かったんですがどうして家にいた冨岡さんが気付いたのかなと」
「…」
首を捻る月陽に冨岡はどうしたものかと言葉を詰まらせる。
男の香りがしたと本当の事を言えば気味悪がられるかもしれないと適当な理由でそれとなく躱そうと決め口を開いた。
「…何となくだ」
「勘ってやつですか」
「そうだ」
「凄いですね、冨岡さん」
純粋に尊敬の眼差しを送ってくる月陽に何となく気まずくなり視線を避けるように反対側へ顔を向けた。
彼女はさっきの答えで満足したようだが、伊黒の名前が出るとこの前胡蝶に耳打ちされた言葉が蘇る。
『月陽さんは可愛らしいから、きっとたくさんの男性から言い寄られるんでしょうね。加えて珍しい呼吸の型をお持ちですし、柱の方々も興味が湧くかもしれません』
あの時はぼんやりと聞き流していたが、今の冨岡には抜群の効き目がある。
好きだからこそ月陽が特に可愛らしく見えるが、基本人の容姿に興味がない自分でも最初の頃に整っているなという程度には思ってた事をつられて思い出す。
「…伊黒に何かされなかったか」
「何かですか?お噂通りのお説教と甘露寺様のお話を聞かせてもらっただけですよ」
「そうか」
その日の事を思い出す様に顎に手を当てて話す月陽に冨岡はバレないよう安堵の息を漏らした。
「あ、でも」
「でも?」
「頭を撫でて下さったり、何かあったら頼ってもいいと言ってくれましたよ。何だかんだと優しい方ですよね!」
嬉しそうに笑う月陽とは裏腹に冨岡の頭には普段の伊黒から想像もできない言動に戸惑いの感情がぐるぐると渦巻いている。
伊黒は甘露寺には特に優しいが、女性全般に優しいわけではない事を冨岡はよく知っていた。
あの胡蝶にすらネチネチと説教を垂れているというのに月陽の頭を撫でるとはどういう事なのか。
「…お前は俺を頼ればいい」
「いつも冨岡さんに頼ってばかりじゃないですか、私」
「ならそのまま俺だけに頼るといい」
「?えぇ、冨岡さんの事とても頼りにしてます!」
満面の笑みで頷かれてとても満足そうな笑みを珍しく浮かべた冨岡の隣を不思議そうに見つめる月陽が歩く。
整えられ出会った頃のような髪の長さになった彼女のうなじ付近では小さく鈴を慣らした簪が揺れる。
「昼飯は街で食べるか」
「いいですね!私天麩羅食べたいです」
一昨日や昨日の事など忘れるくらいにいつも通りな二人は軽い足取りで街へ向かった。
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