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「永恋様は、あなたを同僚と言いました」

「そうだが」

「望みは少ないのでは?」


冨岡が一人自分の気持ちを再確認していると、悔しさを滲ませた蒼乃がもう一度迫ってくる気配を感じ静かに制するよう顔の前に手を出した。


「だとしても俺は蒼乃殿を変わりにするような真似はしない」

「何で…」

「蒼乃殿が教えてくれたんだろう。俺は永恋を好いている」

「っ、私はそれでも」

「想ってくれるのは構わない。だが俺の気持ちは揺ぐ事はないと思ってくれ」


首を横に振り、蒼乃を拒絶する。
感謝はしていても、それ以上もそれ以下の感情も彼女には向かないのだ。
膝立ちしたままの蒼乃は涙も拭わず部屋を出て行く。
その姿をあえて無言のまま見送り冨岡はやっと訪れた一人の時間にもう一度布団の中へ潜り込んだ。
蒼乃と話していても、自分の気持ちを知った冨岡は月陽の事にしか意識が向かなくなっていた。


「…月陽」


ぽつりと普段呼ばない彼女の下の名前を呼んでみると、心なしか暖かな気持ちになる。
誰かを大切だと思った事はあるが、恋をしたのは初めてだ。頭の中で笑っている月陽を思い浮かべ、自然と自分の心が穏やかになると忘れていた眠気がやってくる。


「蔦子姉さん、俺にも大切な人が出来たよ」


婚儀を前に俺を庇って亡くなった姉さんは許してくれるだろうか。
その日の夢に幼い俺を抱いて嬉しそうに笑う蔦子姉さんが出てきた気がした。








「冨岡さん、おはようございます」


朝、聞き慣れた声が冨岡を起こした。
この2日間蒼乃が声を掛けていたからか、とても懐かしい気がしてゆっくりと身体を起こす。

返事を返すと静かに開けられた襖の向こうにまだ寝間着姿の月陽が顔を出した。


「体調の方はどうですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「そうですか、それは良かった」


安心したように冨岡の額に触れ熱を測る月陽の顔をじっと見つめる。
自分の気持ちを知った今、額に触れる少し低めの体温が余計に心地がいい。


「熱もなさそうですね。流石胡蝶様のお薬です」

「あぁ」

「では朝餉の準備も出来ているそうなので冨岡さんも着替えておいて下さいね」


月陽の手が額から離れたのは僅かばかり残念ではあったが、これから家に帰る準備をすると考えれば仕方ないと思えた。
藤の家の飯は美味いがやはり家で月陽と食べる飯のが美味いし安心していられる。
頷いて返事をした冨岡は一礼して部屋を後にした月陽を見送ると自分も隊服に袖を通した。

それから部屋に運ばれた朝餉を食べ、家主達に礼を言って門を出る。


「冨岡様!月陽様!」

「蒼乃さん」


朝餉の時も見送りの時も姿を見せずにいた蒼乃が慌てた様子で二人の元へ走ってくるのを足を止めて待った。
昨日の事を知らない月陽は自分の名前が呼ばれた事に多少驚いた様子ではあったが、冨岡は特に気にも止めない真顔で蒼乃を見ている。


「…その、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

「え、いや…迷惑と言うことは」

「もういい。終わった事だ」

「ちょっ、冨岡さんそんな言い方は」

「永恋様、いいのです。私の恋は昨日終わったのですから」

「え!?」


がらりと変わった雰囲気の蒼乃に驚きが隠せない様子の月陽は忙しなく冨岡と蒼乃の両方に視線を彷徨わせている。
蒼乃は困った様に冨岡の手を取り、柔らかく微笑んだ。


「冨岡様の気持ちが実るようお祈り申し上げます」

「あぁ」

「言葉足らずでは、伝わるものも伝わりませんからね。あの方はどうも鋭いようで鈍いお方のようですから」

「…そうだな」

「えっ、何の話?!」

「永恋様には秘密です!」

「えーっ!」


最後まで冨岡と蒼乃のやり取りの真意に気付かなかった月陽は寂しそうに声を上げ、その後見送られた二人はゆっくりと冨岡の家へ向かった。





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