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「駄目じゃないですか、寝てなくちゃ」

「もう大丈夫だ」


いつものように半々羽織を着た冨岡さんが道の先に立っている。
藤の家とは逆方向なはずなのになんであの人はあそこに居るんだろう。


「胡蝶様に言いつけますよ」

「好きにしろ」

「私一人になりたいんです」

「関係ない」


短い言葉ばかりのやり取りの間にゆっくりと私に近付く冨岡さんに、立ち止まったままの自分。


「蒼乃さんはどうしたんですか」

「…撒いてきた」

「ふふっ、まるで悪い事をした子どもですね」

「俺は悪い事はしてない」


気付くと冨岡さんは私の目の前に居て、何を考えてるのか分からない表情でこちらを見ている。
冨岡さんの瞳はいつも落ち着く色をしているのに、自分の気分が違ってしまえば全てを見透かされそうな気がして気が気でなくなってしまう。


「…お前は何も悪くない」

「いえ、実力不足です」

「そんな物俺だってそうだ。いつだってもしもが付き纏い、己を責め続ける。もしも早く駆け付けていれば、もしも近くにいられれば、そんな事はあくまでもしもの世界でしかない」


珍しく饒舌に、ゆっくり話し掛けてくれる冨岡さんの言葉が脳に浸透してくる。
冨岡さんの言うとおりなんだ。もしもを言ってしまえばそれはもうたくさんの分かれ道が出来てしまう。


「だがもしもを言ったところで現実は変わるか?いや変わらない。だから俺達は鬼を倒し、鬼舞辻を倒す為の力をつけようとしている」

「…はい」

「お前は俺を肯定してくれると言った。ならば代わりに俺は自分自身を否定するお前を否定する。そしていつでも前を向き努力を重ねるお前を肯定しよう」

「何ですかそれ、ちぐはぐじゃないですか」

「…俺も何を言いたいか分からなくなった」

「ぶっ…あは、あははは!!もう、笑わさないでください!」

「永恋」


珍しくもない冨岡さんの天然ぶりがこんな時にも発揮された事に思わずお腹を抱えて噴き出してしまった。
真面目に話してくれてるから我慢はしたけど無理でしたね。

笑い過ぎて息が乱れていたら冨岡さんに腕を引き寄せられ温かい腕に抱き締められた。


「わっ!」

「そうしている方がお前らしい」

「…冨岡さんて距離感おかしいですよね」

「?」

「そんなんだから勘違いもされるんです」


他の子にもこうして励ましてきたのだろうか。
冨岡さんの腕の中で顔を見上げれば、視線を外されてしまった。


「お前以外にはしない」

「何それ、告白みたいじゃないですか」

「告白になるのか?」

「今の言い方だとそう捉えられても仕方ありませんよ」

「事実だ」


この人の天然思わせぶりな振る舞いは少し直したほうがいいのかも知れない。
いくら他意がないと分かっている私でも照れる事だってあるし、勘違いしてしまいそうにもなる。
心を支えてくれる人だから余計に好きになってしまいそうになるのは抑えるのが大変なのに、きっとこの人はそう説明しても首を傾げるだけなのだろう。

とりあえず今はこの温もりに甘えていたい。


「ありがとうございます、冨岡さん」

「礼は鮭大根でいい」

「もう、本当にそればっかり」

「永恋の作る鮭大根は美味い」

「そんな事言ってずるい」


目を閉じて冨岡さんの心音を聞きながら会話していたら安心感からか一気に疲労感と眠気が襲ってくる。
今なら立ったまま寝れそうと思いながらくっついていたら急な浮遊感に襲われ目を開けた。


「えっ!?」

「疲れたなら休め」

「何言ってるんですか!病人だったんだから無理しないでください!」

「ならこのままにしていろ」


ぐ、と腕に力を込められて抵抗出来なくなる。
仕方なく体の力を抜いて冨岡さんの首に腕を回し、ふとこうしてのんびり会話するのは久し振りじゃないだろうかと感じてしまう。
一昨日は雨に降られ、昨日から今日は蒼乃さんとの事で気持ち的な疲労が酷かった。


「冨岡さん」

「なんだ」

「早く家に帰りたいです」

「…あぁ」


さっきまで気付かなかった満点の夜空に手を伸ばした。
贅沢は言わないので、私の小さな幸せは取らないで。
神様。


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