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「まっ、待ってくれ!」
「くそっ、邪魔をしないで!」
男は鬼に覆い被さり頸を狙えなくなった私は一度型を解き二人を飛び越え着地する。
少し刃が当たってしまいがたがたと震えながら娘を守る姿が私を守ってくれた父さんと被ってしまい、小さく舌打ちをした。
父さんはこんな風に縮こまってはいなかったのに。
「…退きなさい。次は貴方ごと斬りますよ」
「退くもんか!大切な嫁が残したたった一人の娘を置いて逃げるくらいなら死んだほうがマシだ!」
「っ、馬鹿者!そこを早く退きなさい!食われてしまっ」
「いいんだ。いいんだよお豊」
私が切ってしまったせいで血が出た男は身体を捧げるように娘へ両手を差し出す。
血の匂いに興奮したのか涎を垂らした娘は、次の瞬間父親へと牙を突き立てた。
叫び声も上げず、自分の身体を貪り食っている娘の頭を撫でた姿に呆気を取られるが急いで刀を構え長月の型を取る。
「月の呼吸、捌ノ型…長月」
男の首筋を食べている娘に向かって放ち、捕食を辞めさせる。
身体を支えるものが無くなり血を吹き出したままの男はそのままゆっくりと前のめりに倒れた。
「何をしているんですか!」
「…、」
「くそっ!」
首筋に手を当て動脈を確認すると若干の息はあるがもう長くはないだろう。
何かを言いたげに虚ろな目をした男は口を動かすが喉が機能していない以上こちらがそれを察するすべも無いし暇もない。
父親の身体を食べて回復したであろう娘は大きな牙を剥き出しにして私に襲い掛かってくる。
「もう、やめなさい。今私が止めてあげる」
娘の目からは薄く涙が流れている。
父親という存在は彼女にとってとても大きかったのだろう。今まで食べられずに生き残ってきたのだ、とても強い愛情で育てられたのだと思う。
「月の呼吸、拾ノ型。神無月」
神無月は鬼の視界を奪い、私は刀を横に振り切って娘の頸を落とした。
それを見ていたのか、父親は涙を流し手を娘に伸ばしている。
頭を失った娘の身体はそれに導かれるように父親へと向かい折り重なるようにして倒れた。
「…かー君、隠はどの程度で来る?」
「モウスグダ」
「そう。なら良かった」
灰のように消えていく娘を見ながら息も耐えそうな父親に近付く。
私がしてあげられる事はもう彼の言葉を聞く事しかない。
膝をついて口元に耳を寄せる。
「…ま、ん」
「何ですか?」
「す、…まん…とよ」
「……」
彼はそれっきり話さなくなってしまった。
いや、話せなくなってしまったんだ。
隠はもうすぐつく頃だろう。私はお豊さんの羽織を畳み、彼の胸へ置いてあげた。
「お疲れ様です、永恋さん」
「…」
「永恋さん?」
「すみません。彼は鬼化した女性の父親です。この先に家があると言っていましたので、埋葬をお願いしていいでしょうか」
「かしこまりました。永恋さんもお疲れでしょう、これで返り血をお拭きください」
「ありがとう」
聞き慣れた声の隠の人は懐から手拭いを出して私に渡してくれた。
お礼を言いながら顔にこびり付いたどちらかの血を拭き地面を見つめる。
鬼は元々斬る予定でいたけどまさかその父親が娘へ身体を差し出すなんて思わなかった。
もう少し考えれば塞げたかもしれない。
そう思った時余りの自分の無力さに唇を噛む。
「後片付け、よろしくお願いします。手拭いは洗って返しますね」
「…事情は知りませんが余り思い悩まないでくださいね。永恋さんが居たからこそ繋がれた命もある事をお忘れ無きよう」
「えぇ、ありがとうございます。では」
よろしくお願いしますと一礼してその場を去る。
何となく冨岡さんと蒼乃さんの居る藤の家に帰りたくないなと思って、帰り道とは反対の方角へ足を運んだ。
今は一人になりたい。
そう思ってるのに、目の前に合われた人影に小さく苦笑を洩らした。
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