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「伊黒様、ご馳走様でした」

「ふん、別に俺は味見をさせただけだ。甘露寺が口にするのに値するのかどうか利用させてもらったまでだからな」

「えぇ。それでも美味しい食事でお腹が膨れましたので」


飯屋の外に出て伊黒様にお礼を言う。
そろそろ帰らねば藤の家の方々に迷惑を掛けてしまうから、伊黒様と別れようと一礼してその場を去ろうとしたら腕を掴まれた。


「何でしょうか」

「お前は冨岡の女なのか」

「…なんのお話でしょう」

「では首筋の痕は冨岡ではないのだな」


こう柱の方々は何故こういう所まで気付いてしまうのか。
ちょっとうんざり気味に引き攣った笑いが出た。


「もう少しお前も冨岡が男だと言うことを自覚しろ。だが何かあったなら俺に相談してこい。粛清してやろう」

「それ貴方が冨岡さんを個人的に嫌ってるだけじゃないですか」

「そうだが文句あるか」


ふと蒼乃さんとくっつく冨岡さんが浮かび飄々と肯定した伊黒様に、その時はよろしくお願いしますと冗談を言ってその場で別れた。
伊黒様は冨岡さんを嫌ってはいるが心根の優しいお方なのはさっきの飯屋で分かったので、彼なりの冗談と受け止めておく。

しかし伊黒様と楽しい時間を過ごしたお陰で心のもやもやを忘れていたが、帰ったらまたあの様な光景を見なきゃいけないのかと思ったらため息が漏れる。


「私は何を嫌がっているんだろうか」


胸に手を当て一人呟く。
しかしお世話になっている藤の家の方に無礼を働けば鬼殺隊を纏めるお館様の顔を汚してしまうことになる。

今日はさっさと風呂に入って寝よう。
靴を揃え中へ入り部屋へ一度帰るためにお借りした部屋の襖を開けて、閉めた。
今誰か居た。誰かって誰かもう分かってはいるのだけど、部屋を間違えただろうかと辺りを確認するがやはり私が借りている部屋だ。


「…冨岡さん、何の用ですか」


仕方ないと腹を決めもう一度襖を開けて中にいた人物へ話し掛ける。
これからお風呂に入るというか夜に女性の部屋を尋ねるとはどういう事だろうか、と目線だけで訴えると冨岡さんは襖の向こうを気にした様に身動ぎした。


「あんなに年若い子から好意を向けられて何が迷惑なんです?」

「迷惑だ」

「今だけですよ?」

「どうでもいい」


やはりと言うか何と言うか、蒼乃さんの事で巻き込まないで欲しいとため息をついた。
さり気なく布団を占領するのも辞めてほしい。


「蒼乃さんは悪い子じゃないですし、今日一日くらい許容してあげたらいいじゃないですか」

「…誰と会ってきた?」

「へ?」

「誰かと会ってきたんだろう」


羽織を抜いで壁に掛けようとした時、さっきまで布団に居たはずの冨岡さんが私の首筋を嗅いだ。
昨日の事を思い出して思わず避けてしまうと眉間に皺を寄せて私を見ている。
そんな目で見られても…


「たまたま伊黒様とお会いして、甘露寺様にご紹介する予定のご飯屋さんに味見役でご一緒しただけです」


嘘をつく事でもないので体温確認がてら冨岡さんの額を押すとまだ熱かった。
しかし蒼乃さんが居るお陰か冨岡さんが休めていない気もしなくもない。どうしたものかと色々なこと含め考えようと顎に手を置こうとした瞬間壁に背中を押し付けられたことにより思考を始めようとしていた私の脳が停止させられた。



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