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「蛇柱様、折角のお声掛けに気付かず大変失礼いたしました。お初にお目にかかります、月陽と申します」
「…ほう、きちんと挨拶ぐらいできるではないか。なら最初からやれ。任務が無くとも気を緩ませるな。これから夜だと言うのによくそこまで阿呆のように気を緩ませることが出来る」
もう一を言うと十で返ってくるこの勢いはもしかして伊黒様はお喋りなのだろうか。
スキあらば愚図だの阿呆だの言ってくる辺り噂では聞いていたけど余程の皮肉屋だ。
しかし相手は鬼殺隊の柱。
礼を欠いてはいけないと笑顔を貼り付け会話を続ける。
「失礼致しました。つい考え事をしてしまいまして」
「その使えない脳みそで何を考えるというのだ?」
「…だからこそ、鍛える為に考えるのです。でもそうですね、憧れていた伊黒様が予想以上に素敵な殿方で何を考えていたか全て忘れてしまいました」
少し棒読みになってしまったが、多少の皮肉をくれてやろうと思って反応を伺えば真顔で黙りこくってしまった。
やばい、怒られるだろうか。思わず貼り付けたはずの笑みが崩れそうになる。
何も話さない伊黒様が真顔のままこちらへ手を伸ばした。
え、これ殴られる?
「見る目があるではないか」
「はい?」
「ならば何故冨岡の所など行っている。お前が憧れだというのならば俺の元へ修行しに来たらいいだろう。お館様には俺も進言してやるとしよう」
「え、ちょっ」
「そう言えば今日は冨岡は一緒ではないのか」
「…えぇ、私用があったので今は私一人です」
頭の上に優しく手を載せた伊黒様に意外とこの人簡単じゃないのだろうか、と思った事は心に留めておいた。
とても気難しいお方だと聞いていたのだけど。
「ならば飯も別か」
「えぇ、まぁ」
「飯を食わせてやろう。こちらへ来い。甘露寺に食わせるためにお前には毒味をさせてやる」
そういう事かと思わず苦笑した。
甘露寺様と伊黒様が文通をされているとは聞いたことがある。
要は甘露寺様を連れてくるのに下手な所は連れて行きたくないから私が味見をしろということなのだろう。
しかし意外と伊黒様は話しているとちゃんと頷いてもくれるし、辛口ながらも返事を返してくれるからとても助かる。
無言の空気に慣れすぎたのか、心のどこかで感動してしまった。
一番饒舌になるのはやはりというか何と言うか、甘露寺様の事についてで聞いてる私が照れるような表現を恥ずかしげも無く言える伊黒様をほんの少しだけ見直してしまう。
ネチネチはしているし、皮肉屋だが彼は彼なりにとても正直な方なのだと思った。
性格がいいとは一概に言えないが、甘露寺様に対する優しい気持ちに嘘はない。
こんな風に想われる甘露寺様は羨ましいなと今度は私が聞き手に回った。
飯屋では伊黒様は殆どお茶しか口にせず、私の食べている所を見ているだけで。
「あの、私ばかりよろしいのですか?」
「あぁ。俺は基本食わん」
「そうですか。じゃあ少しくらい食べれますね」
食事が終わり餡蜜を食べ始めようとした私は伊黒様の口元へ匙を持っていった。
一口くらい食べた方が甘露寺様に説明もしやすいだろうと思っての行動だったけど、目を丸めてこちらを見ている伊黒様に首を傾げる。
まだ私は匙に口をつけていないし、甘い物は苦手だったかと手を引っ込めようとしたら口布を少しずらしてそのまま食べてくれた。
何だか懐かない犬が初めて私の手からご飯を食べてくれたような感覚に陥る。
「…何を見ている」
「い、いえ。何だか感動してしまいまして」
「俺は甘露寺が好きかどうか自分の味覚で判断しようと思ったまでだ。それ以上もそれ以下もない」
「えぇ、勿論知っていますよ」
顔を横に向けて捲し立てるような言い方に頷きながら私は餡蜜を食べ始める。
美味しい。寒天の感触もぷるぷるして臭くないし黒蜜が素晴らしい。
聞いているのかと聞かれたのでとりあえず適当に頷いておいた。
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