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山を降り、蝶屋敷に来た私達は胡蝶様に冨岡さんの薬を調合してもらっていた。
薬と聞いて嫌そうな顔をしている冨岡さんを胡蝶様が揶揄っているのを横目に私は蝶屋敷に住んでいる子供たちと洗濯の手伝いをしている。
「永恋さんは身長が高いですね!」
「今は皆より大きいけどいつかは抜かされちゃうかもしれないね」
「ほんとうですかー!」
大きめの布団を一緒に干したり、お喋りしながら花のお世話をしたりこんなに楽しい手伝いならいつでもしてあげたくなってしまう。
胡蝶様からこの子達の仕事は取り上げないという約束の元、お手伝いとして補助の役割を担っているが子どもたちのなんと可愛い事。
「冨岡さん冨岡さん」
「…」
「月陽さんてとても素敵な方ですね」
「何が言いたい」
「いえ。でも月陽さんの首筋の跡、虫刺されでは無さそうでしたので」
「!?」
子どもたちのかわいい声に紛れてそんな話が聞こえてしまい、つい二人に視線をやってしまい後悔した。
にこにこと非常に楽しそうな胡蝶様と驚いた表情で私を見る冨岡さんと目があってしまったからである。
急いで視線を逸らしたが胡蝶様のあの様子では恐らく誤魔化しきれないだろうという事はさすがの私でも想像がつく。
「あら、記憶がないんですか?冨岡さん。最低ですね」
「俺は…」
「年頃の女性にあんな物を残して最低じゃないと言うんですか?」
「…」
流石の冨岡さんも胡蝶様に言い返せないのか黙ったまま俯いてしまっている。
これは困った事になったと思ったけど、私にくっついてくれる子供たちを引き離す事も難しくひたすら会話を聞かないように手伝った。
「月陽さん、ありがとうございました!」
「どういたしまして!」
子供たちが礼儀正しくお礼をしてくれた頭を撫でてさて帰ろうと振り向くと、まだ胡蝶様と冨岡さんは話していたみたいだ。
私が振り向いた事に気付いた胡蝶様が冨岡さんに顔を寄せて耳打ちをすると、そのままこちらに向かってくる。
何を言われるのだろうかと身構えておく。胡蝶様は尊敬してるし可愛らしいとも思うが揶揄うこととなれば鬼の戯言など可愛いものだと思えるくらいの揶揄い上手を発揮してくる事は知っている。
「胡蝶様、長々と居座ってしまいすみませんでした」
「いいえ、子供たちも喜んでいましたし居座っていたのは冨岡さんだけですから月陽さんが謝る事ではないですよ」
「あ、あはは…」
「一つ聞いておきたいことがあるのですが聞いてもいいでしょうか?」
にこにことした微笑みのまま可愛らしく首を傾げる胡蝶様だがどうしても今は心から可愛らしいと思えないのは首筋の跡のことを気づかれているからだろうか。
何を聞かれるのだろうかと内心はらはらしながら何でしょうと問うと、さっき冨岡さんにした様に顔を耳に寄せられた。
「冨岡さんとの生活はどうですか?」
「へ?」
「いえ、同じ女性として不自由はないかと思いまして」
「…あ、はい。特に困った事もなく過ごさせてもらってます」
「そうですか。それなら良かったです」
胡蝶様はそれ以上何も聞いてくることはなく、これからも仲良くしてあげてくださいと言ってこの場を去ってしまう。
思わず拍子抜けしてしまった私は胡蝶様にお礼を言い逃し、小さくなった背中へ例を告げると帰る支度をしている冨岡さんに走り寄った。
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