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非番の予定なんて当たり前に崩される。
今日一日鬼の居る場所へ走り、夜は討伐。
途中雨が降り始め、地盤が泥濘んだ山は私達の隊服や羽織を濡らし汚した。
「困りましたね」
一際大きな木の下で止みそうにない空を冨岡さんと眺める。
この辺は藤の家も無ければ数時間歩かないと町もない。
夜の雨風はとても冷える。次第に震え出す肩を冨岡さんに気付かれないよう腕を擦った。
「冷えるか」
「…少し」
こちらを見てないはずの冨岡さんにバレてしまった。
嘘は通じない人だから観念して正直に言えば冨岡さんの羽織を頭に被せられ、何事かと横顔を見れば手を掴まれる。
走るぞ、と言われた瞬間思いっ切り引っ張られ泥と雨の中いきなり走らされた。
「ちょっ冨岡さん!?」
「黙って走れ」
そう言われ私は仕方なく冨岡さんと繋いでいない方の手で羽織を抑えながら全力で走った。
頭の上の羽織が少し重たいと思った時には目の前に廃れた山小屋がある。
さっき鬼を退治した際に通った気がしたが、冨岡さんはこういう所もきちんと見ていたんだ。
見習わなきゃいけないと思いながら、二人で小屋の中へ駆け込む。
「…さっ、さすがですね」
「お館様に預かると行った手前お前に風邪を引かせるわけにはいかない」
「冨岡さんて本当かっこいいですよね」
当たり前だと言いたげな顔をした冨岡さんに思わず率直な感想が溢れる。
これが普通の女の子であったならもう冨岡さんの虜になっているに違いない。
「脱げ」
「はい?」
「脱げ」
「……あ、あぁ。濡れてるからですね」
ちょっと驚いたが冨岡さんの真顔を見たらすぐに冷静に戻った。
このままでは風邪を引くから、濡れている服を脱げって事ですよね。この人言葉少ないからたまに焦らされる。
冨岡さんの羽織と自分の羽織を壁に吊るし、隊服の状態を確認すれば中々のびしょ濡れ。
こちらを無言で見ている彼に振り返って肩を竦めると履物を脱いだ彼は部屋の奥へ向かい、乱雑に置かれた燃えそうなものを囲炉裏へ放り投げた。
とりあえず私は自分の隊服の裾を絞り少しでも水気を取り、囲炉裏の近くへ座る。
一応火を起こす道具は持っているので、火がついた紙を冨岡さんが準備した囲炉裏へ消えないようそっと持っていく。
乾燥しているが、太めの木材はなかなか燃えにくい。
何度か同じ作業を繰り返していればゆっくり火が燃え移っていき、燃えだした様子に安堵の息をついた。
「よし、燃え移りました」
「あぁ」
「とりあえず暖は取れそうです、ね」
木材を纏めて持ってきたらしい冨岡さんへ火が着いたことを報告しながら振り返ると、彼は上半身裸だった。
鍛え上げられ、所々傷の跡も残っている冨岡さんの体に思わず動きを止めて見つめてしまう。
男性だと勿論認識しているけど、こんな風にしっかりと視界に入れるのは初めての経験で自分が作ってしまったこの雰囲気をどう壊そうか視線をあちこち動かすが良い案は浮かばず結局そのまま沈黙してしまった。
色々ともう少し、心の準備というものをさせて頂けますか。
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