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冨岡さんのお家へ帰る最中、私は疑問に思っていた事を少し先を歩く背中へ投げ掛ける。


「冨岡さん、簪の事は報告されたんですか?」

「いや。恐らく宇髄だろう」

「あぁ…見ていたんだ」


あの時は冨岡さんの驚きの行動に思考を奪われていたけど、あの場に宇髄様がいらっしゃったとは。
背中向けてどこか行ったフリした癖に。ほんの少しだけ心の中で苦笑いしながら、小走りで冨岡さんの羽織を掴んだ。

いつも通りの何を考えてるか分からない顔の冨岡さんが振り向く。
私のどうでもいい突っ込みは置いとき、言わなければならない事がある。


「あの、冨岡さん。ありがとうございます!そして、これからもよろしくお願いします」

「…あぁ」

「凄く、すごく…嬉しかったです」


私は涙が出ない。
でも、心は涙が出そうなほど嬉しかった。

お礼を言った私に冨岡さんは左手を頬に当ててくれる。
まるで分かっている、と言っているかのようだった。


「お前が煩いから、鍛錬をしているのは知っている」

「う、うるさっ!?すみません!」

「それにお前は俺なんかより余程柱の素質がある」

「…何を」

「俺は、本当は柱なんて器じゃない」


親指で私の目元を撫で、寂しそうな悲しそうな表情をしている。
どうしてそんな事を言うのだろう。
きっと冨岡さんも過去に何かあったのだとは思う。それを知らない私が言っていいものかとは思うがただ黙ってはいられなかった。
だって、冨岡さんが居るから私はこうして両親が私を愛してくれていた証拠を少しでも形にする事が出来てるのだから。

頬に触れている手にそっと自分の体温を重ねる。


「冨岡さん、そんな事言わないでください」

「…俺は」

「貴方がどんな過去を持ち、どんな想いを持っているのかは知りません。でも、あなたに救われた命はたくさんあります」


それは私自身が隣で見てきている紛れもない事実。
真っ直ぐ冨岡さんの深い青色の瞳を見つめた。
居心地が悪そうに視線を逸らそうとした冨岡さんの頬を今度は私が両手で触れる。


「私は両親の犠牲によって生き長らえました。冨岡さん、私泣けないんです」

「泣けない…?」

「えぇ。泣く資格も無いし、それ以前に泣くという感情表現を自体失くしてしまったんです。欠損してしまってる」


目を僅かばかり見開いた冨岡さんに、私は困った様に微笑む。
表情が薄いと誰が言ったのだろう。彼はこんなに表情豊かだと言うのに。


「わたしは、愛する家族や大切な仲間の死にさえ涙を流して追悼してあげられないんです。でも、笑う事だけは忘れないでいられている。こうして、冨岡さんたちの存在が私の存在を受け止めてくれているから私は人としてここに在る」


背丈の大きい冨岡さんの体を抱きしめた。
優しい香りが私の肺を満たしてくれる。


「貴方がご自身を否定したとしても、私が冨岡さんを肯定します。拒否されようとも肯定し続けます。どんな過去があろうと、例え何かを犠牲にしていたとしても…私にとって最高の水柱様であり、一人の人として貴方という存在を肯定します」


だから、どうか悲しい事を言わないで欲しい。



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