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「でも永恋さん、折角の着物が汚れちゃいましたね」

「仕方ないですよ。あまり着る機会も無いし」

「でもその簪と紺色のお召し物、とてもお似合いでしたから」

「え!」


にこ、と笑った隠の人は耳元でどなたからですか?と囁かれたけどあくまで秘密にしておいた。
時折冨岡さんを見ていたからばれてそうな気がするけど。


「染み抜きは得意ですので、後でお着物預かりに行きますね」

「…よろしくお願いします」

「かしこまりました。では、仕事に戻ります」


隠の人はそれはもう楽しそうに凄惨な現場へ戻っていった。
あの人には気を付けよう、色々と見透かされてそうだし珠世さんに近い何かを感じる。

横目で冨岡さんを見ると今回の任務について報告し終わったらしく、私に近寄って視線だけで帰るぞと言われた。


「早くお風呂をお借りしたいですね」

「突っ込み損だな」

「うぅ…」


私達は人目につかない路地を選んで藤の家に帰る。
静かな道のお陰で簪がたまに可愛らしい鈴の音を奏でる音が聞こえた。


「あの、冨岡さん」


いつも通り無言のまま視線だけを寄越す冨岡さんにちょん、と簪を指差して立ち止まった。
それに合わせるようにして冨岡さんも止まってくれる。


「その、簪本当にありがとうございます。凄く嬉しいです」

「…あぁ」

「任務中も着けていいですか?」


何だか凄く恥ずかしいことを言っている気もするけど、拳を力いっぱい握り締め許しを乞う。
駄目なら懐にしまっておこうと何も話さない冨岡さんを見るとズンズンこっちに歩いてきている。

なになになになに怒られるの拳骨するの怖い。
震えながら近寄ってきた冨岡さんを見上げると何考えてるか分からない顔をしている。
いや、怖い。


「つけていろ。もしダメな時は懐に入れておけ」

「は、はい…」


何とも言えない威圧感に私から言い出したはずの提案は何だか強制されているような感覚に陥った。
あれ、私がお願いしてた気がするんだけどと思った時には冨岡さんはすでに歩きはじめている。


「あっ、待ってください!」


冨岡さんは何を考えてるか分からない。
何で簪をくれたのかも教えてくれない。
だけど、結局それがあの人の優しさなのは変わらないから。
いまはそれで十分な気がした。



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