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包丁がネギを切る音がする。
寝起きの俺は昨夜共に寝た月陽が居ないことに気付いて裸のまま起き上がった。
そばに置かれていた着流しを身に纏う途中にも、食事を準備する音が聞こえて幸せを感じる。
ペタペタと素足で廊下を歩いてもゴミがつかない程に綺麗なのはこの音を出してくれている人物のお陰だ。
「月陽」
着物に着替えて料理をする月陽の背中を見たら急に愛おしさが増して、包丁を使う彼女の手が間違ってでも傷付かないよう抱き締めた。
こんなに幸せな日々が続いていいのかと少し戸惑いはするものの、すっかり月陽無しでは居られなくなった俺はどんな罰をも受けるつもりでこの日々を過ごしていきたいと思う。
「おはようございます、義勇さん」
「あぁ」
驚きもしないのは彼女が少なからず鬼殺隊の剣士として実力がある証拠だ。
俺は気配を消してるつもりはないのだが気付かれずに驚かれる事がよくある。
「どうしたんですか?今日は甘えん坊さんですかね」
「………愛している」
「っ…ちょっと、今それはズルいです」
首元に鼻を埋めると食事の匂いじゃなく、月陽の甘い柔らかな香りが肺を満たす。
幸せ過ぎて思わず口を付いて出た言葉に相変わらず初々しい反応を見せてくれる彼女に自分の頬が緩むのを感じた。
鬼殺の心はそのままだが、時間が止まってしまえばいいとも思える程にこの空間が心地がいい。
ふと昨日抱いた時に付けた所有印に目が行きそこに唇を寄せると、何かに勘付いたのか身動ぎをされた。
「ほら、もうすぐ終わりますから大人しく待っててください」
「嫌だ」
「それじゃあお皿を取ってくれたりは…?」
「離れたくない」
「もー」
まるで子どものようにくっつく俺を月陽は困ったような声で笑いながら胸下に回した手を握ってくれた。
水を使っていたせいか、その手は冷えていて寝起きの火照った身体にはちょうど良い。
「月陽は」
「何ですかー?」
「言ってくれないのか」
「…んと、さっきの言葉?」
まるで母が子に話し掛けるかのような口調で俺の言葉に返事を返してくれていた月陽の動きがピタリと止まった。
嫌がっているわけでは無いことくらい分かってはいるが、露骨にぎくしゃくされると少し傷付く。
「言ってほしい。月陽の口で」
「き、昨日たくさん…」
「今聞きたい」
「うっ」
そう強請れば月陽が断れないのを俺は知っていて使う。
狡いと言われてしまうかもしれないが、どうしても布団の中だけではなく今聞きたかった。
「あ、愛して…ます」
「ありがとう」
顔を真っ赤に染め指を絡めてくれた月陽に礼という建前で頬に口付ける。
手は冷たいのに頬は温かい。その温もりが今という時間をより現実的なものにしてくれた。
「…朝から盛らないでください」
「もう昼だろう」
「そんな事はどうでもいいんですっ!」
照れた月陽を揶揄いながら再び漬物を切り始める様子を背中から覗き込みながら作る様子を眺める。
相変わらず手際の良い彼女は俺がくっついても尚てきぱきと食事を作ってくれた。
「義勇さん、たまには一緒にお出掛けしませんか?」
「どこかに行きたいのか」
「はい。義勇さんと行きたいんです」
「…分かった」
そんなに可愛らしい顔で言われて断れる男など居るのだろうか。
元より断るつもりは無いが、月陽の笑顔は魔性だと思う。
心を奪われた男も相当数居ると宇髄からも聞いた。
「あの、義勇さん。私服で行きませんか」
「そのつもりだ」
「わ!嬉しい」
こうして見ていると本当にただの町娘のようだ。
珍しく気合の入った月陽はそそくさと食事を終えるとすぐに自室へと戻っていく。
俺も隊服以外の服を着ることがないから早く箪笥から出さねばならない。
「……」
あっただろうか。
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