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「あなた、園内さん?」
凛としたこの声は、そう思って振り向くと驚きに表情を染めた月陽が刀を片手に俺を見ていた。
「こいつがお前の事を付け回していた奴か」
「…俺は付け回していなんかない!」
「どうして、こんな」
「っ…」
喉から手が出るほど欲しいと思っていた月陽は久方ぶりだと言うのに、憎い水柱の側に立ち俺を見ている。
何でだ、どうしてお前はいつもそいつの側にいるんだ。
「月陽…こちらへおいで。大丈夫だ、俺はお前を食ったりなんかしない」
「園内さん」
「そんなか弱い人間の側にいたらお前が危ない。大丈夫だ、俺はもう強い。共に行こう、あの方にお前も鬼にして…」
そこまで言い掛けた時、俺の左腕が弾けとんだ。
驚いて吹っ飛んだ左腕を見ていると、視界の隅で日輪刀を構え俺を倒そうとする水柱の姿が見える。
そうか、こいつが。
「あぁ、すまない。配慮が足りなかった。こいつを殺した後じゃないと頷けないよな」
「もう、やめましょう。私は鬼にならない」
「いいんだ、いいんだ。そう言わなきゃいけないよな」
安心していい。
すぐに俺を愛せるようこの邪魔な男は消してやる。
失った左腕を生やして日輪刀を抜く。
水柱へ向かって日輪刀を振ると、炎の刃が生み出される。
狙った方向へ何度も何度も刀を振れば水柱のいた所が炎に包まれた。
「熱いだろ!!アツいだろォ!さっサと死ね!」
「冨岡さん!」
「さぁもう大丈夫ダ!月陽ッ!こっチへ来い」
唖然とこっちを見ている月陽に両腕を広げる。
もう俺達を遮るものは何もない。
後は俺が秘密裏に音柱だって始末すればいい。
「…園内さん」
「もう邪魔者ハいないっ!ずっと好きだった。ずっとずっとオ前が…俺の隣で、その可愛ラシい笑顔を」
「ごめんなさい」
月陽のその一言で俺の動きは停止した。
いつも慈愛を含んだ瞳は哀れみを含んでいる。
何故だ?何故哀れんでいるんだ?
俺が可哀想なのか?
そんな事はない。
水柱を殺せる程の力を持ち、月陽よりも強くなった。
何も悪い事は、何も…
「どうして、鬼になんか…私は鬼の力など借りなくても一生懸命鍛錬していた貴方の姿のがかっこよかった」
「たん、れん?鍛錬なんてしなクても、強クなれる鬼の何が悪い」
「人を命食って、何が悪いと問うの?」
睨みつけるような月陽の視線に首を傾げる。
どうして怒っているのか分からない。人間だった時の弱い俺がいいなんておかしな女だ。
月陽はそんな俺を見て日輪刀を納めた。
何だ、ほらやっぱりこっちに来てくれるんじゃないか。
「アァ、大丈夫だぞ。さっきの言葉ハ気にしない。そんなに器の小サい男ではないからな。さぁ、おいで」
「肆ノ型 打ち潮」
「っ!」
横から聞こえた声に身体を逸して寸前の所で頸を繋ぎ止めた。
生きていたなんて、そう思ってもう一度日輪刀を振ろうとした時自分の胴に何かが飛び込んでくる。
「…月陽」
「お願いします。もう辞めましょう?」
「何デ、どうシて…」
「園内さん、貴方の気持ちは嬉しいです。でも私はその気持ちに答えることは出来ません」
俺を抱き締めてくれているのは月陽の腕だった。
たいして強く拘束されている訳じゃないのに、身体の何処にも力が入らない。
「そん、な…」
「大丈夫、痛くないから」
「いやダ…俺は、死にたクない…死にたくっ」
頭を振って月陽の言葉を拒絶した瞬間、脳裏に今まで俺が食べてきた人間の最期を思い出す。
死にたくないと、せめて女だけでも助けてくれと叫んだ者達を俺は容赦なく食べた。
「あぁっ…ア"ァァッ!!俺ハっ…俺はぁっ!」
両手で頭を抱え心の苦しみを何とか振り払おうと左右に大きく振る。
俺は人を食うためじゃなく、人を守る為に鬼殺隊に入った。
大切な母さんを奪った鬼を、もう二度と俺と同じような思いを誰かがしないようにと願った筈なのに。
「か、アさん…俺は…俺はただ、月陽の事が…」
ただ好きなだけだったのに。
そう思った時に飛び上がった水柱の姿が見えた。
ごめん。ごめんなさい。
永恋さんも、犠牲にしてしまった人達も。
「水の呼吸 伍ノ型、干天の慈雨」
水柱に斬られたのに何の痛みもなく、俺の頸は地面に転がり落ちた。
悲しそうな目をして膝をついた永恋さんに抱き抱えられた俺の頸は視界が高くなる。
身体の方も、手を握ってくれている感覚があった。
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