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目を覚した俺は気の狂いそうな空腹感に襲われていた。
涎が顎を伝って流れ落ちて行く。
「月陽…月陽…」
月陽の血が飲みたい。
月陽の身体を骨まで食いたい。
そこまで考えて、俺は自分が鬼になったのだと気付いた。
「お、レ…が、鬼…にッ?」
「ひぃっ!ば、化物!?」
「!」
自分の顔を確認しようと手を当てていると、背後から男の声がして振り向くとその瞳の中に醜い姿をした俺が見えた。
食べたい。駄目だ。食べたい。
「食べタい」
そう思ったら最後だった。
抑制の効かない食欲に男の身体を刻んで食べる。まだ足りない。
人間とはこんなにも弱く脆いのか。
今の俺は強い。
これならあの水柱にも音柱にも勝てるかもしれない。
「ヒャはは、あはっ…月陽…い、イま…行クヨ…」
でもその前にやっぱり何か食事を取らなきゃいけない。
余り肉の無い男の手を放り投げ、人の居る気配がする町へ降りる。
月陽を食べたくないから、満腹にしておけばいい。
強くなれば強くなるだけ月陽を他の男から守れるし、きっと好きになってくれる。
「アノ、笑顔を…ずっと側デ、」
側で笑っていて欲しい。
あの柔らかい手で触れて欲しい。
会いたい。
俺はその日ある一家を食った。
その次の日は別の町へ行き、女を何人も食った。
そうしている内に不思議な事が出来るようになって、強くなったと実感する。
存在を忘れていた日輪刀を試しに振ると炎の刃が思った方向へ飛んでいって俺を狩ろうとした元同僚達を殺した。
「強くナッた…強クなっタゾ…褒めてくれ、月陽」
日中廃屋で身を隠しているときはいつも月陽の笑顔を思い出して孤独に耐えた。
そうだ、寂しいなら月陽もあの方に鬼にしてもらえたらいいんだ。
月陽は美しいからきっと気に入ってくれる。
鬼になってもさぞ美しいのだろう。
人間の状態でもあれ程強いのだ、きっと月陽は十二鬼月にだってなれる。
月陽は、俺の誇れる嫁になるんだ。
そう考えたら胸が踊った。
どんな風貌に変わるのだろう。
どんな血鬼術を使うようになるのだろう。
番いとなった果てに、きっとあの兄妹鬼よりも名を轟かせるやもしれない。
「ははっ…アハハハハ!!!!」
楽しみだ。
とても楽しみだ。
そろそろ日も落ちる。
また今日も月陽の為に人を食うから。
そうしたら俺はもっと強くなりあの方から認められる。
月陽を独占する憎い水柱だって殺せるんだ。
落ちそうな日を見てただ月陽に思いを馳せた。
ここは山奥の街道だから、山菜採りに若い女も男も来る。
今日は何人食ってやろうかと腰に下げた日輪刀を握り、廃屋から身体を出した。
あれから身体も大きくなり人間用の扉も狭くなったが身を隠す所はこの辺に少ない。
次はどこへ行こうか。
無尽蔵のこの体力ならいくらでも走れるし遠くまで行ける。
山の中を歩いていると、一組の男女が居た。
恋仲だろうか、いや。男の片思いか。
気配を消した俺に気付かず、必死に女を口説こうと頑張る男に人間だった頃の自分を思い出す。
「胸糞の悪い。胸糞が悪いから見逃してやる」
どうにかこうにか女の気を引こうとする男の表情も、それに気付かない女の表情も昔の俺に似ている。
空回りしては悔しそうに唇を噛んだりして、変に胸がざわついた。
「!」
踵を返そうとしたその瞬間、鋭い殺気を完治して間近に迫っていた刃を躱した。
着地するその背中はよく見知った半々羽織。
「水柱…!」
ゆっくりこちらを振り向く何を考えているか分からない顔が俺の神経を逆撫でする。
殺してやろうと一歩踏み出した時、後ろからもう一つの気配がした。
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