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屋敷へ帰ると、あったはずの呉服屋は廃れた空き家になっていてその後ろにあった屋敷も手入れのされていない状態で建っていた。


「な、何ですと…」

「俺達は幻影でも見ていたのか」


唖然と立ち尽くす私達は静かに屋敷に入り、一際綺麗に保たれていた部屋に出ていったままの状態で纏められた荷物を発見した。

昼間私が掃除した時と別世界過ぎて他人からはどう見られていたのだろうかと苦笑する。


「…仕方ない、別の宿を取るか」

「そうですね」


ふとおこいさんの呉服屋で買った着物を見ると、それだけは何も変わらず綺麗な状態を保っている。
突然消えたりしたら勿論困るけれど。

小芭内さんが買った物も綺麗な状態で折りたたまれている。


「何だか不思議な体験をしましたね」

「全くだ。お前と居ると何かしら珍しい事が起きるな」

「ちょっ、そんなに一緒に任務に出た事ないじゃないですか」

「退屈はしないから許してやらんこともない」

「えぇ?」


お互い荷物を抱えて夜の町を歩き、やっと見つけた宿も結局一つしか部屋が空いていなかった。

横を見るとさっきの言葉が嘘だったかのようにげっそりした小芭内さんが窓の外を眺めている。
それを横目に義勇さんへ書いた手紙を読み直し、かー君の脚へ括り付けた。


「仕方ないですよ。幸い布団は二組ありますし、衝立でもお借りして寝ましょう」

「さっきの言葉は撤回だ、撤回。やはり面倒くさい事この上ない」

「もう、宿が空いていないのは私のせいじゃないですよ」


窓際に座った小芭内さんの横へ腰を下ろし、一緒に空を眺める。
今日はとても不思議な一日だった。

川に落ち、濡れ鼠になった私達はこの世の人では無いおこいさんと出会い半日を過ごしたのだ。
振り返って考えてみても通常ではありえない体験をしたと言ってもいいだろう。


「何だか疲れちゃいました」

「寝るなら布団へ行けよ。風邪を引かれて冨岡に小言を言われては敵わんし苛つくから本当に辞めろ」

「小芭内さん」

「だから…」

「その内、おこいさん達のお墓参り、来ましょうね…」


視界がどんどん狭まってくるのも気にせず小芭内さんの肩に寄り掛かり思った事を口に出す。
呆れたような、何か言いたげな視線を感じるけれど疲労感にそこまでの気が回せない。


「二人でか」

「はい」

「…そうだな。気が向いたら来てやらん事もない」

「もう…そ、やって…素直じゃ、ないんだから…」


こくりこくりと船を漕ぐ私の肩を小芭内さんの手が抱き寄せ、温かい人の体温に瞼を閉じた。


「本当に、困ったやつだ。月陽は」


そう言った小芭内さんの声と、頬に何か当たる感触を最後に私は意識を手放した。


次の日目が覚めたら私は布団に寝ていて、身体を起こし辺りを見渡したら少し離れた場所でもう一組の布団に横になっている小芭内さんの背中が見えた。


(小芭内さんが運んでくれたのかな)


義勇さんの時もそうだけど、私は本当に寝付きが良いようだ。
聞こえのいいように言えば。

規則的に肩を上下させる小芭内さんに近寄って起こそうと手を伸ばした瞬間、視界が反転して床に頭をぶつけた。


「い"っ!?」

「…何だ、お前か」

「何だ、お前か。じゃないですよー!」

「寝込みを襲うふしだらな女だとは思わなかったぞ。もう少し慎みというものを持て」

「待って!待って?!私襲おうなんてしてませんからね!?」


寝間着に身を包んだ小芭内さんはいつもは見えない肌が露出していて、目のやりどころに困った私は目を逸らしながら胸板を押す。
何も悪い事はしていないはずなのに、義勇さんの顔が思い浮かんで何故か罪悪感を感じる。


「押し倒すの何回目なんですか。逆に小芭内さんが襲ってるように見えますからね」

「知るか。正当防衛だ」

「ですから襲ってませんって…」


淡々と話す小芭内さんの胸板を一度だけ叩いた。
人を痴女みたいに言うんじゃありません、という思いを込めて。


「つまらん」

「もう。小芭内さん、早く退いて下さい。帰りますよ」

「チッ」

「なんの舌打ちなの?」


納得行かない顔をされながら身体を退かしてくれる小芭内さんに私はゆっくり起き上がると、着替える為に壁に置いてある衝立を真ん中に置いた。


「着替えたら帰りましょうね」

「煩い、黙ってろ。痴女」

「寝起き悪すぎません?」


ぶつくさ言いながらもきちんと隊服に袖を通し始めた小芭内さんを見届けて私も寝間着から隊服へ着替える。
宿にお金を渡して、お互いの帰る屋敷に歩き始めた。


「またその内ご一緒したらよろしくお願いしますね」

「当分の間は御免だな。お前は冨岡について行けばいいんだ」

「しかしそうも行かないときもありますからね」

「あぁ、一つ忠告しておいてやる」


突然話の変わった小芭内さんに顔を向けると何やら意地の悪そうな表情を浮かべてこちらを見ている。


「もし次に俺の肩で寝たら襲われても文句を言うなよ」

「んなっ!」

「それが嫌ならきちんと布団で寝ることだ。今回の事は冨岡には言わないでおいてやる」

「小芭内さんのおばかー!」


鼻で笑った小芭内さんの腕を1発叩き、結局方向が別になるまでからかわれ続けたのは言うまでもない。



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