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「おい、大丈夫か」
「はい」
小芭内さんの姿に舌を串刺しにしていた日輪刀を抜いた瞬間、落ちた頸が叫びだした。
「何故だ!何故お前がそこにいる!」
「は?」
「お前も子供も孫も全て殺しきったはずだろ!」
そう動揺している鬼の視線は私でもなく、小芭内さんでもない。
二人で後ろを振り返ると、そこにはおこいさんが立っていた。
月明かりに照らされたその身体は少し透けている。
「おこいさん…?」
「やっとこの目でお前が死ぬ所を見届けられた…身体が朽ちても恨みが消えなかったんだよ。そうしたら、いつの間にかここに居た」
「ひぃっ!よ、寄るな化物!」
「どういう事だ…」
一歩一歩近寄ってくるおこいさんはどんどん若返っていく。
私も小芭内さんも事態が把握できずにただただおこいさんを見つめるしかない。
若々しくなって、丸まっていた筈の背はぴしりと伸ばされ鬼をきつく睨んでいる。
「化物でもなんでもいい。アンタを殺す為にあたしはあの家に住み続けたんだ。やっと、心優しいこの子達に見つけてもらえてここまで来た」
「おこいさん、貴女は…」
「すまないね、月陽ちゃん。小芭内君。騙すような真似をして」
私の言葉にやっと振り向いてくれたおこいさんは、家にいた時と変わらない優しい笑顔で眉を下げた。
鬼が消えていくように、おこいさんの身体もどんどん透けていく。
「本当に、ありがとう。やっと私も成仏出来そうだ」
「そん、な…こんな事があるというのか」
「月陽ちゃん、小芭内君。貴方達に幸多からん事を。身体には気を付けるんだよ」
些か信じられない光景に立ち止まっていた私は消え掛かるおこいさんに手を伸ばした。
私には祖母が居なかったけれど、半日過ごした僅かな時間でおばあちゃんが居たらこんな感じなのかなと少し嬉しかったんだ。
そっと私が差し出した手を両手で掴んでくれたおこいさんは涙をひと粒落とす。
「少しだったけど、まるで孫と一緒に居るみたいで嬉しかったよ…さぁ、悪い物は婆ちゃんが持っていってあげよう」
「おこいさん…っ」
「小芭内君、あんたも素直になるといい。想ってるだけじゃ伝わらないよ」
私が強く抱き締めると、優しく包み込みながら小芭内さんにも話し掛ける。
太もものおかしな感覚が消えていくのを感じながら、二人の会話に耳を澄ませた。
「なんの事だ」
「その想いは大切にしなきゃいけない。小芭内君を見てると息子を思い出してね。ついつい応援したくなっちゃうんだよ」
「…何を指しているのかは分からないが、その気遣いは有難く受け取っておく」
「ふふ。それじゃあね、月陽ちゃん、小芭内君」
「おこいさん、家族の所に行くんですね」
「そうだよ。本当にありがとうね」
「世話になったな、おこい殿」
おこいさんは私達に笑い掛けて、今度こそ消えてしまった。
鬼も気付いたら跡形もなく消えている。
その場に残された私達は黙ったまま踵を返し、おこいさんのお屋敷へ向かう。
ふと手が何かに包まれて、その正体へ目をやると小芭内さんの少し硬い手が私の手を握っていた。
「小芭内さん…」
「冨岡の代わりにはなれんが、少しは気が紛れるだろう。仕方がないから今だけは貸してやる」
ぶっきらぼうにそう言った小芭内さんにそっと微笑んで、星の瞬く空を見上げた。
どうかおこいさんが、天国で家族に会えますようにと祈りながら。
きっと、隣で一緒に空を見上げている小芭内さんもそう思っているんだろうななんて考えてそっと瞳を閉じて黙祷を捧げた。
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