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お互い水浸しの足跡を残しながら、近くの町へ歩いた。
小芭内さんはただただ無言で風上に居てくれる。
(小芭内さん怒ってるのかな)
ちらりと顔を盗み見ると、丁度小芭内さんも私を見たのか目が合ってしまった。
「あっ」
「何だ」
「え、いや…あの、小芭内さん怒ってます?」
「………はぁ」
言ってしまえと問い掛けた私に一瞬黙った小芭内さんは、長いため息をついた。
これは怒られるなと思いながらもそのまま見つめていたら目の前から来た人に肩をぶつけてしまった。
「あ、すみません」
「いてぇな。何すんだよ姉ちゃん」
「…俺の連れが前方不注意ですまんな」
何だか面倒くさそうなゴロツキだなと文句を垂れてきた男に睨んでやろうかと思っていたら、隣りに居た小芭内さんに肩を抱かれ引き寄せられた。
淡々と話す小芭内さんの身体を見た男は自分の方が有利と勘違いをしたのか下卑た笑みを浮かべ私の手を引っ張る。
「いたっ、何するんですか」
「ぶつかったなら詫びくらいするのが当たり前だろ?遊びに付き合えよ」
「いえ、それはちゃんと今謝ったし貴方達と遊ぶなんて絶対いい事ないから嫌です」
「じゃあ彼氏の許可取りゃいいよなぁ?兄ちゃん、ちょっとこの姉ちゃん貸せ…よっ?」
力任せに引っ張られ、そろそろ殴ってやろうかと思い始めた私より先に行動に出たのは小芭内さんだった。
私の手を掴んだ男の腕を捻り上げ、そのまま宙で一回転した身体を更に叩きつける。
何とも間抜けな声を出して転がされた男に小芭内さんが真顔で近寄り耳元に口を寄せた。
「俺の女だと知って尚このような不貞を働くとは随分と自分に自信があるようだ。どれ、早く抵抗してみせろ。月陽に触れる事は俺が許さんがな」
「くそっ、何だってんだよ!」
「喧嘩を売ったのはそっちだろう。まだ足りないと言うのならその腕一本使えなくしてもいいんだぞ。無駄に図体ばかりデカくて脳みそに栄養が送られていないのではないか?」
「おっ、小芭内さんやめましょう?もうこんな人構っても仕方ないですし」
俺の女という発言に対して突っ込むのを憚られた私は男を締め落とそうと手を伸ばす小芭内さんの手を絡め取り自分の方に引き寄せる。
細いけれど無駄なものが何一つ無く付けられた小芭内さんの筋肉に少し感動した。
「て、てめぇ!」
「あ、そうそう。貴方、私にあえてぶつかってきたんでしょう。次はそうも行きませんからね」
「ひっ!」
「貴方達のような人間を傷つける為に私達は強くなったわけではないので見過ごしてあげようと思ったのですが、次こんな事をしてきたら私も容赦しませんからお覚悟の上でどうぞ」
「く、くそっ!」
小芭内さんと私が地面に転がった男に冷ややかな殺気を送るとそいつはまるで下っ端の鬼のように泣き言を言いながら後ろで腰の引けていた輩を引き連れ目の前から走り去って行った。
その後ろ姿を呆れたように見送っていると、冷たい風が身体を震わせる。
「ひぃ、寒い…」
「ふん、無駄な時間だ。さっさと呉服屋に行くぞ」
「はい!」
絡めたままだった腕をそのまま引かれ、歩き出す小芭内さんに疑問を持たずに着いていく。
ついでに言うと小芭内さんの首に巻き付く鏑丸君が私の頬にすり寄ってくるからとても可愛い。
「すまないが俺と連れの服を一式頼めるか」
「あら、可愛らしいご夫婦ね!水浸しになって可哀想に」
「ご、ご夫婦…むぐっ」
「あぁ。川に滑り落ちてしまってな、このままでは風邪を引いてしまう。どこかに旅館のような所はあるか?」
人の良さそうなお婆さんが店を出す呉服屋さんに顔を出すと、私達の姿を見て慌てて駆け寄ってくれた。
私と小芭内さんを見て年齢的に夫婦だと思われたのだろうが、それを否定しようとしたら口を塞がれる。
「それでしたら私の所に泊まっていくといいですよ。婆の独り暮しですが、それでも宜しければ…」
「いや、とてもありがたい」
「あっ、ありがとうございます!」
この町には藤の家が無かったので、お婆さんの有り難い申し出を受ける事にした私達はとりあえず服の一式を買い裏手にあるというお屋敷へ案内してもらった。
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