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「月陽、お前婚約したのか」
「え?あ、別にそんな正式にって言う訳でもないですけどね。義勇さんも私も両親居ませんし」
「…そうか」
「何です?何だか元気ありませんね」
何だからしくない小芭内さんに首を傾げるとふいと顔を逸らされた。
こんな状態ではきっと話してもらえないだろうし、どうしたものかと腕を組む。
「あ、分かった!蜜璃さんが義勇さんに夢中だからヤキモチ妬いてるんですね!」
「お前はやはり阿呆だな。阿呆。救いようの無い阿呆だ」
「ちょっ、酷くないです?」
心底うんざりしたような小芭内さんのあまりの言い様にちょっとへこむ。
そんなに言わなくてもいいじゃないかと思いながら小芭内さんを覗き込んで顔色を窺う。
「…綺麗ですね」
「お前な…」
「本当に素敵な色。この綺麗な瞳に見つめられたらきっと女の子なんて即落ちですね」
「そんな訳あるか。畏怖の対象でしかない」
「だって吸い込まれちゃいそうだなって思いますもん。硝子玉みたい」
「……ならお前も」
「月陽」
何かを言い掛けた小芭内さんの言葉を遮るように義勇さんが私の名前を呼んだ。
その声に顔を向けるといつも通りの義勇さんが私達を見下ろしている。
小芭内さんが小さく舌打ちしたけど、義勇さんの事嫌いだから仕方ないのかも。
「そろそろお館様がいらっしゃる」
「あ、そうですね!小芭内さん、お話し楽しかったです。でも何か言いかけたなら今…」
「何もない。お前らはお前らでさっさとよろしくやってろ」
「もう、小芭内さんてば」
小芭内さんは私達に興味を無くしたかのように顔を背けると早歩きで蜜璃さんの元へ歩いて行ってしまった。
その背中を見送っているとそっと手が握られた。
「やはり目を離せないな」
「そんなこと無いです。私はちゃんと良い子にしてますよ」
「お前は人に好かれる。悪い事じゃないが誰かに取られるかもしれないと不安になる」
そっと握られた手に口付けて義勇さんは目を伏せる。その姿に胸が苦しくなりながら、かっこいいと思ってしまう辺り私も私で心底惚れてしまっているんだと自覚しながら目を逸らした。
「こんな人前で、駄目ですよ」
「誰も見ていない」
「見ていなくてもです!でも、私だって義勇さんかっこいいからもっと素敵な人がお似合いなんじゃないかって思っちゃったりしますよ」
「俺は月陽以外興味は無い」
「あぁっ、もう分かったのでその声辞めてください!耳が瀕死です!」
「瀕死?」
物憂げな視線と掠れた声が私の胸を更に締め付けるのが分からないのだろうか。
顔に集まる熱を空いた方の手で煽ぎながらなんとか冷まそうと頑張る。
これからお館様もお見えになるのにこんなだらしの無い顔は見せられない。
「さ、座りましょう!」
「…これが終わったら甘露寺と胡蝶がお前と食事に行きたいと言っていた」
「本当ですか!じゃあ義勇さんも一緒に行きましょう」
「あぁ」
嬉しいお誘いに顔が熱いのも忘れて少しはしゃいでしまう。
ここ最近忙しくしていたから蜜璃さんやしのぶさんともゆっくりお話できなかったから嬉しい機会だと笑い掛ける。
今日はお館様のお顔も見れるし、たくさんの柱の皆さんともお話できるしとても良い日だ。
その日の会議はそれぞれの近況報告と、近々開かれるという最終選別の話だった。
私はいつも通り柱の面々の後ろに控えお館様の心地のいい声に耳を澄ませる。
最終選別があるとするなら、隊士が少しは増えるしとても助かるから実際に応援に行くことは出来ないけれど心の中でそっと頑張って欲しいと祈った。
多少の一悶着はあったけれど、比較的平和に終わった会議に一息つきながらふと外を見る。
そこには見た事のある小さな猫がいた。
「…もしかして愈史郎君の」
「どうした」
「義勇さん、ちょっと待っててもらってもいいですか?先にお食事場所へ向かっててもいいので」
「なら甘露寺と胡蝶に先に行くよう伝えてくる」
「すみません、お願いします」
私の意図を汲んでくれたのか、義勇さんは屋敷の出口で待っている蜜璃さん達の元へ向かってくれた。
その間に私は愈史郎君の使いと思われる猫の元へ歩く。
「愈史郎君のお使いかな?」
そう言えばにゃーと一声鳴いて返事した猫は私に一枚の紙を渡してくれた。
そのままくるりと1回転して姿を消した猫は小さな箱へと姿を変えその場に落ちる。
きっとこの箱に返事を書いた紙を入れればいいのだろうと懐にしまって、紙を開いた。
そこには黒死牟の事が書かれている。
「日の呼吸の剣士の兄弟…?日の呼吸って始まりの呼吸って言われるものだよね。そんな人のお兄さんがどうして」
色々な疑問は浮かぶけれど、とりあえず待たしてしまっている義勇さん達の元へ向かわなければならない。
手紙も大切に懐へしまい、約束した食事どころへ向かった。
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