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「時透、少し話がある」
「えぇー、折角月陽と話してたのに…えっと」
「悲鳴嶼様、だよ。無一郎。行っておいで」
「…分かったけど早く終わらせてね、悲鳴嶼さん」
「すまないな」
「いえいえ、逆に気を使わせてしまって申し訳ありません」
手を合わせて私に顔を向けた悲鳴嶼様へ首を振る。
柱の中でも最強と謳われるだけあって、近くに来ただけでも威圧感が凄い。
不服そうな無一郎と悲鳴嶼様を見送り、そのまま空を見上げる。
義勇さんは珍しく柱の人達とぽつりぽつりだけど輪の中へ混ざって返事を返していた。
まぁ蜜璃さんとしのぶさんに質問攻めされているだけのようにも見えるけれど。
「おっ、何だ嫉妬か?」
「違いますよ。ちょっとだけ、皆さんの会話が心地よくて耳を立てていただけです」
「お前も入りゃいいじゃねぇか。地味にこんな所で蹲ってるなんてつまんねぇだろ」
「私は柱じゃありませんから、まずまずこの場に居ることが烏滸がましいくらいなのにそんな事出来る訳ないじゃないですか…」
「知るか。それにお前が柱の推薦を断ってるだけだろーが」
「…まぁまぁ、そんな話は置いておきましょうよ」
目の前が暗くなったなと思ったら宇髄様が私の目の前に腰を下ろしてくれた。
ひとりぼっちで居たから哀れんでくれたのか分からないけれど、話し掛けてくれる気持ちはとても嬉しい。
「奥様達とはあれからどうですか?」
「相変わらず良い嫁達だぜ。お前も早く冨岡と結婚すりゃいい」
「んなっ…ま、まだしないですよ」
「まだって事はするって事か?」
「…約束はしました」
「ほぉー。やるじゃねぇか!冨岡からか?」
「うーん、そうなりますかねってイダダダ」
楽しい顔をした宇髄様に肩をバシバシ叩かれる。
加減はしてくれてるのだろうけど、大きくて硬い手は骨に当たってとても痛い。
「ってぇ事は月陽は冨岡の婚約者か。お前のお陰であいつもかなり良い意味で変わったしなぁ」
「え、そうですか?」
「少なくとも俺は冨岡があんな風に誰かに囲まれて話してる所は見た事ねぇよ」
「そう、なんだ」
ごりごりとしのぶさんの人差し指が頬に食い込む義勇さんは必死の形相で上半身を仰け反らせている。
その光景が面白くて思わず吹き出してしまった。
そんな私を宇髄様は優しい顔で見てくれている。
「時透もそうだが、伊黒だってそうだ。お前の性格は無難で地味だがだからこそ、あいつらを受け入れる事が出来るんだろうな」
「それ褒めてるんですか、貶してるんですか?」
「ばぁーか、褒めてんだよ」
「あうっ」
今度は頭をぐしゃぐしゃに撫でられ、髪の毛が乱れてしまう。
折角お館様のお顔が見られるからきちんと結ってきたのにと思いながらも、宇髄様の優しさを受け取る事にした。
義勇さんや、他の人にとって良い影響となるのならそれだけでとても嬉しい事だから。
「全く、これからお館様が見えると言うのにボサボサでは申し訳ないと思わんのかお前達は」
「お、出たな!影の保護者」
「小芭内さんー直して下さい」
「誰か影の保護者だ。こいつの保護者なんてまっぴらゴメンだな。ったく、髪紐と簪を寄越せ」
「おー怖い怖い。お前も大変だな、伊黒」
ぬっと出てきた小芭内さんに、私も宇髄様も驚く事なくその存在を受け入れる。
ぐしゃぐしゃになった私の髪を解いて再び結ってくれようとする小芭内さんは揶揄うように笑った宇髄様に舌打ちしながら手を動かしてくれている。
今日は入れ代わり立ち代わり色々な人が来るなぁなんて思いながらされるがままに二人のやり取りを眺めた。
「じゃあ俺は怒られる前に退散するぜ」
「怒られるって…」
「おい動くな。俺もそんなに器用ではない。動かれてはやり辛いのが分からんか」
「すみません」
何だかんだと文句を言いながら髪を整えてくれた小芭内さんにお礼を言って、簪を差してもらう。
義勇さんに貰った簪は優しい音を出して私を飾ってくれる。
その音に耳を傾けていると、義勇さんと目が合った。
不服そうな表情をしている義勇さんに簪を指差しながら笑いかけると、今度は困ったように眉を下げている。
「冨岡も大概器の小さい男だ」
「それ小芭内さんが言いますか?」
「なんの事だ」
「あっ、無自覚…いいえ、何でもありませんよ。でも義勇さんは器の小さい人じゃありません」
私の事をいつも受け入れてくれる、本当に優しい方だから。
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