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あの兄妹と出会ってから数日、私達は何だかんだと忙しくして屋敷には寝に帰っているようなものだった。
義勇さんは柱合会議なので、今回も私はそこへ参加している。
「お久しぶりです、不死川様」
「アァ?テメェか。いつも冨岡の糞みてぇにくっついてくるんだなァ」
「そんなようなものですから」
一人木にもたれ掛かって柱同士の会話を見ている不死川様に話し掛けてみた。
前に一度お会いしてから私の中で何だかんだとまともな人っていう印象になっている。
「つかよォ、お前もしかして冨岡と付き合ってンのか」
「…はい?」
「他の奴等が話してんのを聞いた」
「えぇ、お付き合いさせて貰ってますよ」
「……あっそォ」
不死川様の質問に答えたのに何故か納得の行かない顔をされ私は首を傾げる。
どうせ恋愛ごっこしてるならとか嫌味の一つでも言われると思っていたけれど、今日の彼は違うらしい。
「何首傾げてんだァ」
「いえ、失礼ながら嫌味の一つでも言われると思っていたので」
「テメェ…本当に失礼な奴だな」
「えへへ」
ピクリと顔に筋が浮き出たので笑って誤魔化し、目を逸らす。
それでも怒号は飛んでこないので、短気ながらも女性には優しいのかもしれないなんて思った。
今まで蜜璃さんにもしのぶさんにも怒鳴り散らしていたりする所を見たことが無いから。
「別にやる事やってんなら文句言うまでもねぇだろ」
「そこは勿論ですよ」
「ならいいんじゃねぇの」
力強く頷いた私の頭をぽんと撫でてくれた不死川様の顔を見上げる。
小芭内さんと言い、ここにはお兄ちゃん属性の方が多いなと思う。
勿論個性的である事には代わりはないけれど、言葉や行動の端々に優しさを感じる。
「月陽」
「あ、無一郎。久し振りだね」
「何、不死川さんと仲良いの?」
「アァ?仲良くはねぇよ」
「えっ!」
急に背後から飛びついてきた無一郎を受け止めると、思わぬ不死川様の言葉にちょっと心外な顔をしてしまった。
少しは仲良くなったつもりではいたけれど、まだまだだったかと腕を組む。
「え!じゃねぇんだよ。バカか」
「仲良くなれるよう努力致します」
「知るか、めんどくせェ。ガキ同士仲良くやってろォ」
「いや、一つしか変わりませんけどね」
不死川様はため息をつきながらしっしと犬を追い払う様に手を払ったので、余りしつこくしても失礼だと思い無一郎を連れて木陰に腰を下ろす。
ふと義勇さんが視界に入ると、何だかしのぶさんに揶揄われているらしく渋い顔をしている。
「ふふ」
「…ねぇ、たまには僕の事も見てよ。あの人ばっかり狡い」
「ごめんね、ちゃんと無一郎の事だって考えてるよ。どう?怪我したりしてない?」
「うん。この通り」
「流石だね!」
私の肩に寄り添うように頭を置く無一郎を撫でながら話を聞いてあげると機嫌が良くなる様子に年相応の可愛らしさがある。
普段はぼーっとしてるらしいけど、一応私とお話する時はきちんと目を合わせてくれているから大丈夫なんだろうと微笑んだ。
「記憶の方はどう?」
「うーん。あんまり変わらずかなぁ…すぐ忘れちゃうし、俺自身それを何とも思わないから」
「そっかぁ」
やはり無一郎の1人称は時折変わる。
僕であったり、俺であったりしててそれ以外はこれと言うほど代わり映えのないような気はするけど。
「いつかちゃんと覚えていられるような人が現れるといいね」
「ちゃんと月陽の事は覚えてるからいいよ」
「でもね、無一郎。大切な人は増えれば増えるほどいいと思うよ、私は」
「なんで?」
私の言葉にそう問い掛けた無一郎の顔は本気で疑問に思っているのだろう。
そんな無一郎の手を握って、硬くなった豆を優しく撫でる。
「こうして私と無一郎が、無一郎とお館様が出会えたのはご縁があったからだと思うんだ。確かに大切な人が増えれば増えるほど悲しい事も起きる。だけど、もし私が死んだら無一郎は私と出会った事を無意味だと思う?」
「そんな事言わないで。月陽は死なせないし、もしそうなっても俺が月陽の存在を無駄だなんて思う事はないよ」
「ありがとう、無一郎。だからね、きっと忘れてもいいなんて出来事ってあんまり無いと思うの」
不安にさせてしまったのか、ちょっと痛いくらいに握り返された手に苦笑しながら空いた方の手でさらさらの無一郎の髪を撫でてあげる。
「いつか、無一郎が記憶を忘れなくなれるよう私もお手伝いするからさ。一緒に頑張ろうね?」
「…努力はする」
「うん、いい子だね」
無一郎の尖った唇をちょんと触れてその柔らかさに私はまた笑った。
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