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「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」


足跡を追って走っていると、聞いたこともないような義勇さんの怒鳴り声が聞こえた。
背後から近寄ると、私に気付かないままの義勇さんは鬼化した少女を片手で捕まえながら少年へ向かって怒号を飛ばし続ける。


「惨めったらしくうずくまるのはやめろ!そんなことが通用するならお前の家族は殺されてない。奪うか奪われるかの時に主導権を握れない弱者が妹を治す?敵を見つける?笑止千万!!弱者には何の権利も選択肢もない。悉く力で強者にねじ伏せられるのみ!!
妹を治す方法は鬼なら知ってるかもしれない。
だが鬼共がお前の意志や願いを尊重してくれると思うなよ。」

「義勇、さん…」

「当然俺もお前を尊重しない、それが現実だ。なぜさっきお前は妹に覆い被さった。あんなことで守ったつもりか。なぜ斧を振らなかった。なぜ俺に背中を見せた!そのしくじりで妹を取られている。お前ごと妹を串刺しにしても良かったんだぞ」


義勇さんの言葉に、とてつもない程の重みを感じた。
こんな風に感情を曝け出す義勇さんを私は知らない。

土下座をした少年に、捲し立てるように言った義勇さんはどうしてかそれを自分に言い聞かせているような気もしてしまった。
彼の過去など私は何も知らないと言うのに、胸が苦しくなる。
義勇さんはどれ程の痛みを背負って今こうして柱として立っているのか、私に推し量る事なんて出来やしない。

まるで遠くに居るような気がして手を伸ばそうとした時、蹲っていた筈の少年が動き出した。


「っ、義勇さん!」

「下がっていろ」

「ぅわああああああ!!!!」


義勇さんを襲ってきた少年を止めようと私が足を踏み出そうとした時、気付いていたのか手で制すると刀の柄で気絶させた。

捕らえられた鬼の少女は未だに藻掻いている。
そして義勇さんを蹴飛ばし少女が少年に飛び掛かり庇う仕草を見せた瞬間、頸を飛ばすために振り抜こうとした刀を返しそのまま少女を気絶させた。


「なっ…」

「…………」


この少女と少年の光景に私も義勇さんも流石に驚いてしまった。
鬼となりながらも少年を庇った少女との絆に、ふと珠世さんや愈史郎君を思い出す。

恐らく兄妹なのだろうが、あの二人とはまた別の意味で深い絆を感じる。


「義勇さん、これは」

「…月陽、何か着るものはあるか」

「はい。上掛けで良ければ」

「妹に被せてやってくれ」

「分かりました」


気絶した2人を見ながら義勇さんは一体何を思っているのだろう。
自分の鴉を呼んだ義勇さんを横目に、背中に掛けていた上掛けを少女の下に引き乱れた合わせ目を整えてあげた。


「これからこの二人はどうするんです?」

「……俺の知り合いに一度任せてみようと思う」

「知り合いとは?」

「俺の師だ。鱗滝さんならもしこの妹が再び人を襲う鬼になっても対応が出来る」

「大丈夫なのでしょうか」


この二人の何が義勇さんの心を動かしたのかは分からないけれど、今だけは彼の心情を察せない。
私一人で推し量ってはいけないものだと思った。


「家の方はどうなった?」

「隠の人達に任せてきました」

「そうか」


木に寄り掛かっていた義勇さんは私の羽織に触れると小さく息を吐く。
私の血ではないと分かったのか、少しだけ染み付いた彼らの家族の血を優しく撫でた。


「…もう少し、早く来ていたらなんて思いました」

「そうだな」

「でも、鬼舞辻に今の私達が勝てたのだろうかとも思います」

「俺達は勝たなければならない」

「そうですね」


義勇さんは兄妹を見ながら私を抱き寄せる。
きっとこの子達が目を覚ますのを待つのだろう。凍えるような寒さの中、私達は寄り添いながらその時を待った。



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テーマ「人外ファンタジー」
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