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月陽が攫われたと聞いた時、全身の血の気が引いた。
女型の鬼を伊黒に任せて飛び出した先には月陽の物と思わせる血も所々に落ちていて気が狂いそうになった。
もう二度と失わないと、己を鍛えてきた筈なのにいつもこうして大切な人の需要な場面に俺は居ない。
「…くそっ」
鬼の気配はするが余りにも広範囲に広がり過ぎてどこに居るか分からない。
全速力で駆け抜けていると、影に人を見かけて立ち止まった。
隠が焦ったように崖の下を見て降りようとしている。
「どうした」
「あっ、水柱様!永恋さんが、さっき滝壺に…!」
「っ、お前は戻って救護班を呼べ。俺が行く」
「え!?ちょっ、水柱様!?」
崖の高さはそれなりだが水の呼吸さえあれば飛び降りた所で怪我はしない。
「滝壺」
威力を最小限にしつつ衝撃を緩和させる。
中へそのまま身を沈めて月陽を探すと下へ沈んでいく姿が見えた。
重くなる服も気にせずただひたすら月陽に手を伸ばし陸へ引き上げる。
服を緩めて心臓に耳を当てれば微弱だが動いていた。
「月陽、月陽!死ぬな…っ」
「…っゴホッ」
「生きろ。お前はけして死なせない!!」
月陽の口に空気を送り込み声を掛け続ける。
こんなに大きな声は久し振りに出したかもしれないが、月陽を生かす為なら何でもする。
俺に出来ることは最低限の応急手当だけだ。
「おいっ!冨岡!!」
「…っ、伊黒」
「下がれ。胡蝶の所の救護班を連れてきた」
「失礼致します」
いつから声を掛けていたのか、伊黒に強い力で肩を掴まれやっと周りに救援が来ていることに気が付いた。
胡蝶の所の救護班は冷静に月陽の服を脱がせ適切な処置を施してくれている。
咳き込みはしたが、それでも月陽の心臓の動きがゆっくりしていったのを思い出して何か出来ることはないかと足を踏み出そうとした時伊黒に羽織を引っ張られ殴り倒された。
「……何をする」
「貴様は頭を冷やせ。今専門の人間が見ているんだ、それを邪魔する事はさせぬ。月陽を大切に思っている人間がお前だけと思うな」
「…っ、」
「お前らが付き合おうが俺には関係のない事だ。だがこいつが命の危機に晒されている時に冷静な行動一つ取れぬお前に任せる事など出来ん。分かったのなら消えろ。月陽は俺が見る」
俺の目の前に立ちはだかる伊黒に何も言い返せなかった。
専門の救護班が見てくれているのだ、俺に出来ることなど一つとしてないし今は見守るのが最善だというのにそれを焦りから邪魔しようとしてしまうなんて。
「…月陽を頼む。俺は状況をお館様に知らせてくる」
「そうしろこの愚図。…月陽は重傷ではあるが命の危険はもうないそうだ」
「すまない」
ため息をつきながら月陽の現状を教えてくれた伊黒に背を向け歩き出す。
俺に何が出来なくとも、月陽が危険でないのならそれでいい。
少し歩いた所で木に拳を叩きつけた。
冷静にならなければならない。そう頭を切り替え、鬼の襲撃にあった町へ向かう。
月陽の所の隊員は一人鼓膜をやられてはいたが他はほぼ無傷だった。
鼓膜がやられた隊員も命に別状はなく療養さえすれば現場に復帰ができるとも聞いている。
彼女は守りきった、自分の全てを差し出して。
だがその姿が、錆兎を連想させた。
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