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しかし何と言うか、当たり前ではあるのだけどそういう事をする場なだけあって暗くなるに連れてあちらこちらから声が聞こえてくる。
未経験者な私はもう恥ずかしくてたまらない。
顔から火が出そう。
「うぅー…帰りたい」
これ程までに鬼の出現を望んだ事は無いかもしれない。
この街に居るのは確定しているし、別の遊郭に現れるかも知れないから無責任な事は言ったらいけないと思いつつ膝を抱える。
会話を聞き逃さない為に耳を塞ぐわけにはいかないし、かと言って別の部屋へ逃げる事も叶わない。
「これ義勇さん居たら気まずい事この上ないな…」
「義勇って?」
「義勇ってそりゃ…ひぃ!?」
「やぁ、鬼殺隊のお嬢ちゃん」
「す、須寿音さん!さっきはありがとうございました!」
いつの間に私の背後に居たのか、須寿音さんはころころ鈴のように笑うと隣へ腰を下ろした。
さっきの男の人の相手は終わったのかな。しかしこの様な一般人の人の気配に気付かないなんて私駄目じゃないか?
そんな事を思っていると、私の顔に手を這わせた須寿音さんが真面目な顔をしてこちらを見ている。
「しかしさっきも思ったけどお嬢ちゃん綺麗な顔してるねぇ。義勇ってのはあんたの男かい?」
「い、いえ」
「そっか、勿体無い。こんなに可愛い子、あたしなら放っとかないね」
綺麗なお顔をしてる方が不敵に笑うとなんてかっこいいんだろう。
そんな人に可愛いだとか綺麗だとか言われるのはとても照れる。
しかしどうして須寿音さんは私に会いに来たんだろう。
「あの、須寿音さんはどうしてここへ?」
「鬼殺隊に好きな人が居たんだ」
「えっ!?」
「ふふ。だからちょっとだけあんたに興味持ってね」
そう言った須寿音さんはとても可愛らしく、寂しそうに笑った。
須寿音さんの想い人はもしかしたら亡くなってしまったのかもしれない。
何となくだけど、直感的にそう思った。
ただ過去に好きだっただけかもしれないって意味なのかも知れないけど。
「あんたの階級は?」
「えと、柱の下です」
「へぇ!強いじゃないか。ここの子は皆両親を鬼に殺された子達でね。あんたら鬼殺隊の事は少しだけど知ってる子が多いのさ」
さっきの寂しげな気配を一瞬にして切り替えたのか、表情はここに入って来た時のような笑顔に戻ってしまった。
「じゃあ、須寿音さんも…」
「そう。あたしらは刀を持とうともしなかった弱者さ」
「そんな、そんな事ないです!皆、必死に生きる事で戦ってるじゃないですか!」
「…あんたもそう言ってくれるんだね」
「え?」
「名前は?」
「あっ、私永恋月陽と申します!」
「月陽か。あんたは良い子だね」
そう言って須寿音さんが私の頭を優しく撫でてくれた。
一瞬良い香りがして、胸がキュンとしてしまう。
良い香りのする女性は男女問わず虜にしてしまうのだろうか。
鼻を突くような香ではなく、ふとした瞬間に香りがするのがとてもいい。
「はっ!」
「あっはっは!あんたが虜になってどうするのさ」
「す、すみません!」
「ほんと可愛い子だね。今日は客を取る気ないし、あたしとお話しよう。ここは月陽みたいな純粋な子には毒だろう」
「…ぅ、」
「恥ずかしがる事じゃない。あんたはそれでいいんだよ」
そう言って須寿音さんはたくさんのお話を聞かせてくれた。
良い香りのするお香だとか、私の顔には何色の紅が似合うとか、あそこの石鹸は体がつやつやになるだとか。
普段こういう話をしないから、仕事中であるのにとても楽しくて周りの声が気にならなくなった。
勿論鬼が出る可能性もあるから気は張っていたけど。
「そう言えば月陽、あんた可愛らしい簪差してるじゃないか」
「あ、これ…」
「椿の花言葉は知ってるかい?」
「いえ、そういう分野は疎くて」
私の髪に差した簪を指差し問いかけてくれた須寿音さんに首を横に振った。
そしたら須寿音さんはにんまりと微笑んで窓の外を見ながら、だったら教えてあげる。と言ってくれる。
「桃色の椿はね、控えめな恋、控えめな愛、慎み深いっていう意味があるんだよ。それにね、外国じゃこういう意味もあるらしい。愛しく思うってね」
「殆ど愛の言葉ですね…」
「そう。だから月陽にその簪を送ったのが男なら淡い恋をあんたにしてるんだろうね」
「こ、恋っ!?」
「そうさ。その様子じゃ簪を送る意味も知らないね」
何とまぁ、と須寿音さんは楽しそうに笑った。
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