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その後無一郎が薬でもう一度眠りについた時、部屋の扉を控えめに叩く音が聞こえた。
「無一郎なら寝ました、よ…」
「月陽」
「義勇さん」
扉を開けたら冨岡さんが立っていた。
よく見れば少し服も汚れている気がする。
私は急いで静かに部屋の外へ出て、頬に付いた土埃を落としながら帰らないはずだった冨岡さんがここにいる理由を聞く。
「義勇さん、どうしてここに?」
「こいつが早く帰るって聞かなくてな」
「………」
「宇髄様!お久しぶりですね」
冨岡さんの肩に肘を置くようにして背後から現れた宇髄様に頭を下げた。
あれ、もしかして今の見られてたかな。
冨岡さんは冨岡さんで無表情だけど機嫌は良さそうではない。
「お前が心配だからって泊まる予定だった藤の家も飛び出して帰るんだ。ド派手過ぎてさすがの俺も驚いた」
「えぇ…ちゃんと手紙に書いたじゃないですか」
「お前はたまに無理をする」
「それでも宇髄様までご迷惑をお掛けしては駄目です」
「勝手に付いてきただけだ」
無一郎が寝ているから小さな声でやりとりはしているけど、拗ねる冨岡さんが何だか可愛くて笑ってしまう。
付き合わせてしまった宇髄様には申し訳無いけど、こうして身を案じてくれる人がいるというのはとても有り難い事だ。
「ったく、人前でいちゃいちゃしやがって。俺も早く嫁の所に帰りたくなったぜ」
「い、いちゃいちゃはしてません!そういうのは恋人同士でするものですから」
「は?」
「え?」
「え?冨岡え?お前…」
「…………」
私と冨岡さんをまるで信じられない物を見るかのように交互に見た宇髄様が沈黙の後ぶるぶると震え出した。
宇髄様がこうなっている理由は冨岡さん自身分かっているみたいだけど、私にとっては何が何だか分からない。
「ぶっ!」
「う、宇髄様!?」
無一郎が寝ている事を考慮したのか噴き出した瞬間姿を消した宇髄様に私はただただ事の展開に頭がついて行けず唖然とした。
これは帰ったと思っていいのだろうか。
「…えと、義勇さん?」
「中に居る子供の容態はどうだ」
「無一郎の事ですか。体の傷は酷いものですが命に関わるような怪我はなさそうですよ」
「そうか」
「はい。義勇さん、前にあそこの町に行ったの憶えてますか?盛大に男の子が転んだって話」
「…あぁ」
「人の縁とは不思議なものですね。無一郎がその時の男の子だったんです」
多分憶えていなかっただろう冨岡さんを気にすることなく話を進める。
その内思い出すだろう。
「義勇さんが砂糖菓子を握り締めて私にくれた時の事です」
「!」
「思い出しましたか」
思い出したような顔をしたのでまたつい笑ってしまう。
どうしてこの人はこんなに分かりやすいんだろう。そこが可愛らしいのに皆知らないなんて損してる。
「義勇さんもお疲れでしょう?お借りした部屋があるのでお茶でも飲んでゆっくりしませんか」
「あぁ」
「あ、その前にちゃんと手を洗ってきてくださいね!」
まだ冨岡さんが手を洗っていない事を思い出し、洗面所を指差すと小さく首を振ってそちらに歩いていく背中を見送って私もお茶を貰いに台所へ向かった。
暑い夏だから氷を入れてもらって冷たくする。
小さなお盆に乗せてお借りした自分の部屋へ向かっていると廊下でぼんやりと立っている冨岡さんを見つけた。
そう言えばどこの部屋か言ってなかった。
「義勇さーん」
「…どこだ」
「伝えるの忘れてましたね、ごめんなさい。こっちです」
そう言えば無言でついてきた冨岡さんが冷たいお茶を持ってくれた。
優しい人だなぁほんと。
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