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お館様のお屋敷で身を清められ、手当を受けた男の子の寝顔を側で見守った。
冨岡さんは今日は帰らないと言っていたし、大丈夫だろうとお館様に頼んで泊まらせて頂いている。

この子の名前は時透無一郎と聞いた。
日の呼吸を扱っていた方の子孫らしく、あまね様は何度も足繁く勧誘に行っていた事も聞いた。

黒く柔らかな髪が包帯の隙間から伸び、まだまだ幼い顔をしている。
無一郎君の体は傷もあったけど、お兄さんのものではない返り血らしきものも付着していたらしい。
優しく髪を撫で麻酔で眠る無一郎君の隣で一夜を明かした。


「…おね、さん」

「っ!」


いつの間に眠っていたのか、辺りは明るくなっている。
呼ばれた声に身体を起こすと無一郎君が目を覚まして私を見ていた。


「無一郎君!」

「…ここは、どこ?」

「ここは鬼殺隊のお館様の屋敷だよ。もう大丈夫、怖い事はないよ」

「鬼殺隊って、なに?」


こてん、と首を傾げた無一郎君に言葉が詰まった。
おかしい、あまね様はこの子を鬼殺隊に勧誘していたはずなのにどうして知らないと言うのだろうか。

何も知らない無垢な顔をしている無一郎君が演技ではない事は分かる。
でもあまね様が何度も通っていたのも聞いている。

とすれば当てはまるのは1つ。
記憶喪失。


「…無一郎君、とりあえず食事は取れそう?」

「うーん、そんなに減ってないかも」

「取れるなら少しでいいから食べて欲しいの。お薬も飲まなきゃ」

「えー、俺薬嫌い」


駄々をこねるように口をとがらせた無一郎君の頭を撫でて、廊下に控える隠に食事を持ってくるよう告げた。
食事と言っても胃の負担を考えても重湯の様な物になるだろうけど。


「お水は飲める?」

「うん」

「じゃあ飲もうか」

「ねぇ、お姉さん。僕記憶がないみたいなんだ」


私が渡した湯呑みを持ちながらぼんやりと呟いた。
布団の上に力無く投げ出された手を握って無一郎君の目を見ながら話を聞く。


「とても、大切な事を忘れてる気がする。でもお姉さんの事は、何でか憶えてる。出会った時のことは憶えてないのに」

「…ゆっくり思い出していけばいいよ。大丈夫」

「お姉さんは僕にとって大切な人だったの?」

「え?うーん…私が知ってる限りは一度きりだった気がするけど」

「ふーん?」


話したい事は話し終えたのか、ひとくち白湯を飲んで無一郎君は空を見上げた。
でも私が握った手は少しだけ握り返してくれる。


「無一郎君」

「無一郎でいいよ。お姉さんの名前教えて」

「永恋月陽って言うよ」

「…月陽」


名前を復唱しながら私の顔をぼんやり見つめてくれる無一郎の頭を傷に響かないよう優しく撫でてあげる。


「僕が月陽の事守るよ。鬼殺隊に入ってたくさん鬼を殺す。強くなる」

「…そっか。頼もしいね、無一郎」

「月陽は死なないでね」

「うん、頑張るよ」


無一郎の瞳から鬼に対する強い憎しみの感情が感じ取れた。身内を鬼に殺されて鬼殺隊に入るというのは珍しくはない。
それにお館様直々に声を掛けたくらいだ。きっと無一郎はとても強い剣士になるだろう。

無理しないでね、と言って抱き締めた。
きっとこの子にはこれから人の温もりが重要になってくる。
お館様の元で面倒を見てくれるのなら安心だけど、私もたまに会いに来ようと思った。
たった一度きり会っただけの私をこうして憶えていてくれたのはきっと何かの縁だと思うから。



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