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月陽との勝負に勝った俺は、添い寝をして欲しいと願望を口にしてしまっていた。
もう少し内容は考えて言うつもりだったはずが、口をついて出た言葉はただの欲望そのものだった。
しかし言ってしまったものは引き返せないし、今更引き返すのも勿体無いと思った俺は戸惑いながら月陽が掛けてくる言葉を一切遮断した。
無視を続けた俺にその内諦めたらしい月陽は大人しくなり、帰ってすぐ風呂の準備を始めてくれる。
俺は自室に戻り、少し散らかっていた本を片付け布団を敷いて寝る準備を整えた。
自分の部屋に変な物は無いが、誰かを招き入れたことなど無い。
「義勇さん、お風呂どうぞー!」
「分かった」
いつも通りのやりとりも、ふと襖を閉めるときに視界に入った布団のせいで少しばかり緊張する。
別に何をするつもりもないのだが、俺も何だかんだ男なんだと実感しながら風呂に入った。
そうして髪の毛を乾かしつつ月陽を自室で待っていると部屋の前に気配が一つ。
なかなか入ってこない月陽に襖を開けてやると、両腕を中途半端に上げた姿で立ち尽くしていた。
どうせ覚悟が決まらず悩んでいたんだろう。
腕を引っ張って布団へ放り投げてやれば何か文句を言いたそうに上半身を起こし俺を見ている。
そんな視線を気にせず足元に畳んであった掛け布団を手繰り寄せ月陽にも掛けてやった。
一人用の布団に二人は些かきついが月陽が隣にいるのならそれでもいいと思える。
前に何度か寝たことはあるが、あれはどちらかが無意識だった。
身動ぎする月陽が段々と抵抗を無くして来たと思ったら、俺の寝間着を握り締めて寝てしまう。
疲れていたんだろうとは思うがこれはこれでどうかと思うんだが。
「おやすみ」
そう言った俺の声は自分でも驚く程に穏やかだった。
腰を叩いていた手を止め、寝顔を隠す月陽の髪を払ってやるとあどけない顔が見える。
「…好きだ」
今は伝えるつもりはない。
だが誰にも月陽を譲るつもりもない。
伊黒が月陽を少し特別扱いしている理由は分からないが、見張っていたほうがいいと自分の本能が告げている。
月陽自身伊黒は甘露寺が好きだと思っているから意識する事はないだろうが。
「お前は、どんな奴を好きになるんだ?」
この気持ちを自覚する前に月陽の雑談を聞いていた時に付き合った人間は居ないと言っていたが、心寄せた相手はいたのだろうか。
寝ている月陽に問いかけた所で返事が返ってこないことは分かっている。
だからこそ俺は今饒舌に話しかける事が出来ているんだ。
「…ふふ」
「!」
突然笑った月陽に驚き反射で体が動きそうになった。
しかし起きている気配は全くしない。
抱き締めていた腕を緩めもう一度顔をのぞき込んでも閉じた目は開く様子はなかった。
「ぎゆさん、米粒くっついてる。ふふ」
「…俺の夢を見てくれているのか」
楽しそうに微笑んでいる月陽をもう一度抱き締め瞼を閉じる。
俺は夢見の良い方ではないが、今日は良い夢が見れそうだ。
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