――きっかけは、実はハッキリとはわかっていない。

広間では、アルスの息子であるイシュリアとアシュリアが向かい合ってテーブルを挟んで座り、共に相手を睨んでいた。

互いに眉を顰め、相手である実の兄弟を睨むこの状況を、メイドや執事達が心配そうに見守る中、アシュリアが口を開いた。


「イシュ兄様、いい加減僕を子供扱いしないでくれる? すっごい気分悪いんだけど」


イライラとした口調でアシュリアが兄であるイシュリアを睨み凄むが、そんな弟の睨みに表情一つ変えずにイシュリアも口を開いた。


「俺からすれば、お前は見た目も中身もまだまだ『お子ちゃま』のガキだ。とても王位継承者第二位とは到底思えない程幼稚なその脳内……そうだ、一度王国研究所で中身がちゃんと詰まっているか、診てもらえば良い」

「なぁっ!?」


鼻で笑い弟を嘲笑するイシュリアに、アシュリアがテーブルを強く叩き立ち上がる。
言い返そうと口を開き掛けたアシュリアだったが、ここで感情的に発言すればイシュリアの思うツボ。更にバカにされるのは目に見えていた。

ならばこちらもイシュリアのような事を言えば良いと考えたアシュリアは、良い言葉が浮かんだのか、ニヤリと笑って続けた。


「兄様こそ、変な趣味や奇行の原因を調べてもらいに行けば良いんじゃないの?」

「……なんだって?」


鼻で笑い見下ろすアシュリアの態度に、イシュリアの眉がピクリ、と動く。
身長差およそ十センチの差はかなり大きいもので、イシュリアも静かに立ち上がってアシュリアを見下ろした。


「弟のくせに何を生意気な事を。それが兄に対する態度か」

「っ……」


アシュリアからすればそんな身長差に加えて兄のその視線の鋭さに内心震えた。

しかしここで怖がってしまえば完全にイシュリアに主導権が回ってしまう。

――弟だからって、舐めないでよね!

その主導権を握らせない為、アシュリアは武者震いで震える足を一度撫でてから、イシュリアを指差した。


「だいたい兄様はいつもそうやってクールぶっているから、皆から一歩引かれた関係になるんだよ。そんな兄様の分まで僕が積極的に周りに話し掛けて絡んであげているんだよ、もう少し感謝してほしいんだよね」

「クールぶっていないし、誰もそんな事を頼んでいない、お前の勝手なお節介だ。お節介を焼く暇があるなら、もう少し勉強をして知識を蓄えるんだな」

「なっ……」


やはり口では兄に敵わないのか、アシュリアは黙り込んでしまった。そんな隙をイシュリアが見逃すわけも無く、腕を組み、続けてアシュリアを鼻で笑った。


「だいたい、お前は落ち着きが無い。王族としての自覚も感じられん。お前の兄として恥ずかしい限りだ。お前が何か失態を犯す度に俺がその尻拭いをしてやっているんだ。寧ろこっちの方が感謝をしてもらいたいぐらいだ」

「こっちだってそんな事頼んでないし、王族としての自覚だってちゃんとある!」


言い返すアシュリアが気に食わないのか、イシュリアの表情が不機嫌になっていく。
散々言われたアシュリアは、何か他に弁解出来るものは無いかと思考を巡らせ、扉で二人を見守っていたメイド達を見て、表情を明るくした。


「権威だってあるよ! メイド達を仕切れるのは、兄様より僕の方が上手だもんね!」

「ハッ、冗談。俺は執事を仕切る方がお前よりも技術がある。比べる価値も無い」

「何を!?」

「なんだ、まだ兄に歯向かうのか? 愚弟も良いとこだ」


更に嘲笑するイシュリアに、アシュリアは我慢の限界を迎えたようで、テーブルに置いてあったフォークを片手に、イシュリアに向けた。


「だいたい兄様は年上のくせに全然頼り無い! いつもやる事成す事が遅いし、リィ兄様の方が断然頼りになるし、イシュ兄様なんて『お兄様』とか名ばかりだよね! これなら僕の方が兄になった方が良いんじゃないの?」


アシュリアに対抗するように、イシュリアも前にあったナイフを持ちアシュリアに向ける。


「減らず口を。頼り無いとは随分と言ってくれる。俺は遅いんじゃない慎重なだけだ。それに比べてお前は何も考えず突っ走っては皆に迷惑を掛けて執事長やメイド長に怒られ、俺がそれの尻拭いに借り出されて頭を下げなくてはならない。兄として充分に事を成している」


互いに睨み合い、遂にどちらからともなく動き出し、ナイフとフォークを使ってのバトルが始まってしまった。

銀で出来ているナイフとフォークはぶつかる度にキンッ、と音を鳴らせた。
扉の向こうでメイドと執事達が慌てる中、漸くメイド長と執事長が事を聞き付けて辿り着いた。


「お二人共お止め下さいッ!」

「食器を無駄にしないでいただけますかッ!」


すぐさま中に入り喧嘩をしているイシュリアとアシュリアに怒号を飛ばしたが、二人は鋭い視線でメイド長と執事長を睨み、「ウルサイッ! 邪魔するなッ!」と逆に怒号を飛ばした。
まさか、このような言葉が返ってくると思っていなかったメイド長と執事長は呆気に取られてしまった。


「兄様のせいで、メイド長と執事長に怒られたじゃないかッ! バカ兄様ッ!」

「それはこちらの台詞だッ! また俺が頭を下げなくてはいけなくなっただろうッ! バカ弟ッ!」


尚もナイフとフォークで喧嘩をするイシュリアとアシュリア。
所々切れ、頬から血が滴ったり服が裂けたり……これはメイド長や執事長でも止められる喧嘩ではなかった。


「兄様が僕を子供扱いしなければ、僕だってこんな事言わなかったよッ!」

「お前がそんなに突っ掛かって来なければ、俺がイライラする事は無かったんだッ!」

「本当は兄様と喧嘩なんかしたくないんだもん! また一緒に王位について勉強したり、リィ兄様とか呼んで遊びたいんだもん!」

「俺だって、お前と一緒に遊んだり、リヴィアを弄りに行ったりとかしたいさ!」


最後に、とでも言うように二人は持っているナイフとフォークを思い切り投げた。
まるで計算でもしたかのようにその二つは丁度ぶつかり、弾けて天井と床に突き刺さった。

荒い息が室内に木霊する。
ボロボロになった姿は、どこからも王族を思わせる雰囲気は感じられなかった。


「――ふふっ」

「――ははっ」


不意に二人は視線を合わせると小さく笑い始めた。
次第にその笑い声は大きくなり、荒い呼吸から笑い声へと木霊するものが変わった。


「なんだアシュリア、勉強したかったのか?」

「兄様こそ、遊びに行きたかったの?」


疲れたのかそれぞれにまたテーブルを挟んで椅子に腰掛ける。
尚もクスクスと笑いながら、イシュリアが不意にアシュリアの髪を撫でた。


「悪かったな、兄らしくなかった」

「僕こそ、ごめんなさい」


一体これも何がきっかけだったのか。突然始まった喧嘩は、突然終わりを告げた。


「じゃあ今度の休日、一緒に王位の勉強をするか」

「うん! じゃあその後一緒に遊んで!」

「ああ、良いぞ……そうだ、リヴィアも呼んで三人で遊ぼうか」

「わーいっ!」


先程の険悪な状況はどこへやら、ボロボロな身形のまま話を進める兄弟二人に、我に返ったメイド長と執事長が、漸くもう一度怒号を飛ばす事が出来た。


END



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