お遊び程度に始めたものでしたが、芹さんは自分の感情の変化にびっくりしていました。練習後に連絡しようとスマホを手に取ると「また彼女ちゃん?」と覗き込むハルちゃんに気付かされたのです。そう、また、です。あっちこっち自由に楽しんでいた芹さんがこんなにひとりに固執することは珍しいので、そういや何で俺は毎日丁寧にこいつに連絡してんだ?と手を止めてしまいました。初めは何の興味も持たれないことに腹が立ち、絶対に落としてやると決めていたのですが、今名前ちゃんが芹さんのことが大好きなのは目に見えています。もう優しくする必要はどこにもありません。

「参ったな…」

芹さんはぼそりと言葉を漏らしました。隣で不思議そうなハルちゃんを余所に、芹さんは今日は会いに行かないぞと決めました。ハルちゃんの肩にぴとっと寄り添います。

「ハル〜久しぶりに飯行かないか〜?」
「なぁに急に?せっちゃんと出掛けると長いから嫌よー」
「冷たいなあ、いいじゃんちょっとだけ!」
「もーせっちゃんったら」

芹さんは名前ちゃんへ連絡せずにそのままハルちゃんを口説き落としてしまいました。


****


日付を跨いでも今日は芹さんから電話がありませんでした。名前ちゃんはうとうとしながらもスマホと時計を交互に睨めっこです。いつもなら遅くても10時半には来るのにおかしいなあ、何かあったのかなあ。毎日欠かさず連絡してくれる芹さんに何の疑問もなかった名前ちゃんは少し心配になってきます。でもそろそろ眠気が限界を迎えそうで、名前ちゃんは大人しくベッドへ潜りました。まあいいかあ、連絡したくない日もあるよね。名前ちゃんが目を閉じようとした、そのときです。

「ん…?」

可愛らしい音に呼ばれ、何とか目を閉じる前に気がつけました、芹さんからの電話です。芹さんだ!と眠気が一旦軽くなり、急いで電話に応えました。

「もしもし、芹さん!」
「遅くにごめん、いい子にしてたか?」
「はい、これから寝るところでした!」
「そっか、悪いことしちゃったな…眠たいか?」
「少し…でも嬉しいです、今日は来ないかと思ってました」

えへへ、と笑う名前ちゃんは本当に嬉しそうに目を細めました。それが想像できたのか、芹さんもふっと口許を緩めます。

「たまにはお前から掛けてきてもいいのに」
「そ、そんな、お邪魔するわけには…」
「邪魔じゃないよ、可愛い彼女からの電話ならいつでも大歓迎だっての」
「そう、ですか」

胸がきゅう、となるのが分かりました。芹さんはいつでもストレートに言葉にしてくれるので慣れない名前ちゃんはどきどきしてしまいます。

「芹さんは今日、練習だったんですか?」
「あー、練習の後にハルと飯行ってたんだよ、連絡しなくて悪い」
「いえ、無理に連絡してくださらなくても大丈夫ですよ」
「…ふうん」

芹さんの声が何だか暗くなりました。

「芹さん…?」
「なんだよ」
「え、お、怒って、ます?」
「何で?」
「わからないですけど、あの、なんか声が…すみません」
「分からないのに謝るなよ」
「え、あ、すみません…」

普段優しい芹さんが低い声を出すと名前ちゃんはビクッと肩を上げました。何で芹さんが怒っているのかは分かりませんがとにかく怒っているのは確かなようで、はあ、と溜め息をつかれてさらにびくびくします。苛立ちを隠さない芹さんは初めてなのです。

「せ、りさん、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「だから分からないのに謝るなってば」
「すみません、あの、ごめんなさい…」
「おい、落ち着け」

名前ちゃんは発作でも起こしたかのようにすらすらと謝罪の言葉を並べ出し、芹さんは慌てました。名前ちゃんの声はどんどん震えていき、今にも泣き出しそうなほどに弱々しかったので、芹さんはいつも優しくしている声に戻します。こわかったか?ごめんな、大丈夫だから。そう言っても名前ちゃんははくはくと喉の奥を引き攣らせるだけです。

「せりさぁん…」

う、く、と小さく嗚咽が聞こえ、泣かしてしまったと気付きました。芹さんはがしがし頭を掻きながら言葉を探しますが、上手いものが見つかりません。普段口が上手い芹さんが完全にお手上げ状態です。

「名前」
「うっ…、は、い…」
「とりあえず深呼吸!俺は怒ってないから」
「っく、でも、…っ」
「いいから、はい、吸って〜吐いて〜」
「っ、ふう」
「ははは、そうそう、上手」

芹さんは優しい声で名前ちゃんを落ち着かせていきます。名前ちゃんの呼吸が整うまで待ってくれて、何度も繰り返してくれました。

「なあ、名前?」

芹さんはもう一度名前ちゃんを呼びます。

「俺さ、自分で思ってた以上にお前にハマってたみたい。悔しいからちょっと離れてみようと思ったのに全然だめだな、離れるどころか連絡すら我慢できなかったし」
「はまってる…?」
「そ、ハマってる。だからさっきは少し拗ねただけだよ。怒ってないからもう泣き止め、な?」

芹さんはいつだって優しいです。困ったように眉を下げながら慰めようとしてくれる芹さんが簡単に想像できました。名前ちゃんはぼろぼろ泣きながら自分の服をきゅうっと掴みます。

「う、ぇえ、せりさ、すきぃ…っ」
「っ…な、んだよ」

あったかい芹さんの温もりを思い出したら勝手に出てきた言葉でした。いつも尽くしてくれて優しい芹さん。まだ1度も自分から言ったことなかったのですが、恥ずかしげもなく言ってしまいます。ちょっと不機嫌な声を出されただけで嫌われたかと思ってしまったなんて大袈裟のように聞こえますが、芹さんはそのくらい普段から名前ちゃんに優しくしてきたのです。名前ちゃんの突然の言葉に芹さんは大きく動揺し、言葉を失います。

「ふっ…く、ぐす」
「…」
「芹、さん…?」

無言が怖くなった名前ちゃんは芹さんに呼び掛けますが、芹さんはその後も暫く無言を貫きました。名前ちゃんのぐすぐす泣く声だけが続きます。どうしよう、何も答えてくれない。名前ちゃんの不安はさらに募るばかりです。

「うっあ、せりさ、」
「名前」

芹さんは溜め息混じりにやっと声を出しました。

「好きだ」
「え…?」

いつも優しい声で伝えてくれる芹さんですが、今日はワントーン低い声で切羽詰まったように言ってきました。いつもと違う雰囲気にドキッと胸が鳴ります。毎日言われてる言葉なのに名前ちゃんは顔を真っ赤にさせました。

「せ、せりさん」
「好きだよ…何を今更って感じだけど、やっとしっくりきた。名前が好きだ」
「どういう意味ですか…?」
「分からなくていい。ずるくてごめんな。でもちゃんと好きだから…ごめん」

芹さんの少し掠れた声にさらにドキッとし、名前ちゃんは言ってる意味を理解するより先に芹さんにときめきます。芹さん、好き、大好き。口には出しませんが、心の中でしつこいくらいに伝えます。

「もう少し早い時間だったら会えたのに…今日は変な意地張ったな」
「意地ですか…?」
「そ。しょうがない、明日は会いに行くよ」

時間はもうそろそろ午前1時、残念そうに言う芹さんに名前ちゃんは首を傾げました。

「今から会えないんですか?」
「えっ…だってもう遅いし、お前は眠たいだろ?」
「わたしは、芹さんに会えたら幸せです」
「!」

芹さんはスマホを片手に車のキーを握ります。

「お前のそういうとこ、ほんと可愛くてたまんないよ」

芹さんはそう言うといつものように優しい声で、ありがとう、と伝えると直ぐに名前ちゃんの家に向かいました。
(  )
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -