(( 体温上昇 ))



最近忙しくしていた玲音に、八雲さんが用意してくれた貴重な一日オフ。玲音から電話が来たのは夜10時手前で、慌てて家を出ようとしたわたしに「迎えにいくから一人で歩くな」と不機嫌そうに言ってくれた。彼女としての接し方に未だに慣れなくて擽ったいけど、玲音はわたしを大切に大切に扱ってくれている。

「あ、何で外にいるんだよ」
「玲音」

そわそわして落ち着かないので外で待っていたら、玲音は自分の巻いていたマフラーを外そうとする。寒くないから大丈夫だと言っても玲音はムッと口を尖らせてそれをわたしに巻いてくれるのだ。玲音の体温が残るそれに包まれるのが、やはり少し擽ったい。

「八雲のやつ、もう少し早く教えてくれたら良かったのに」
「忙しいからスケジュール調整が大変なんだよ。1日オフなんて珍しいし、きっと頑張ってくれたんだね」
「そうだけど…、事前に分かってたら明日何するか決められたじゃん」

話しながら自然に結ばれる手。少しだけ冷えた玲音の指がわたしに絡まり、わたしもそれに絡めて歩き出した。玲音の家までちょっとしたお散歩みたいで、嬉しさの方が強くて寒さなんか気にならない。わたしの隣を歩く玲音はいつもより少しだけゆっくり歩いてくれるのだ。

「明日なんかしたいことある?」
「したいこと、かぁ…」
「行きたいとこでもいいよ。最近どこにも連れてってやれなかったし」

そういえばそうだ。玲音とデートどころか丸一日オフだって珍しいのだから、デートらしいことをしたいかもしれない。最近オープンした可愛いカフェ、駅の裏側にあるお洒落な雑貨屋さん、通りをもう少し歩いていったところではワゴン販売のクレープ屋さんに、玲音がきっと気に入ってくれるであろう、ジュエリーショップの向かいにあるジェラート屋さん。行きたいところはいくつもあるから悩んでしまう。

「うーん…あれもこれも食べたくてひとつに絞れない…」
「ほんとお前は食いもんばっかだな」
「玲音だって食べるの好きでしょ」
「俺はまだまだ成長期なんだよ」
「わたしだってそうなの!」
「ふうん、成長期ねぇ」

ニヤニヤと笑いながら視線を下に移すので、咄嗟に胸を隠しながらバシッと肩を叩く。玲音が声を上げて笑ってから、また手を繋いだ。

「玲音は行きたいところないの?」
「んー…行きたいところ…」
「したいことでも」

玲音が少しだけ考えるように視線を上げたけど、それは直ぐに終わってしまう。何か思い付いたのかと思えば、玲音は顔を背けてしまうのだ。

「何かあった?」
「…あった」
「何?」
「んー…」

足は止めないものの、気まずそうに視線を揺らす玲音。んー、だの、あー、だの、言葉にするのを躊躇っているように見えた。

「玲音?」
「したいこと、これからするから俺のはいい」
「これから?」
「ん。…そのためにこんな時間に呼んだ」

えっ、と声が出そうになるのをぐっと堪える。こんな時間に、これからすること。恋人の玲音が照れ臭そうにそっぽを向いているのを見て、一気に顔が熱くなった。これから、す、するのかな。全く意識していなかったわけではないけど、する前からこうして言葉にされたことはなかった為に落ち着かなくなる。驚いて離しそうになる手を、玲音がぎゅっと握り直してきた。

「やなのかよ」
「えっ、い、嫌じゃない、けど…」
「ん」

嫌ではないと分かると玲音は少し嬉しそうに表情を和らげる。可愛いとは思うのに心臓が暴れだして真っ直ぐに見られない。玲音が何を話しているのか全く耳に入らないまま手を引かれ、わたしは相槌すら上手く打てなくなっていた。



 * * * 




玲音の家に着くと、疲れたからと玲音は直ぐにシャワーを浴びにいった。待ち時間がむず痒い。シャワーの音を聞きながら落ち着きなくソファの上でもじもじする。立ったり座ったり移動してみたり横になってみたり足を組んでみたり腕を組んでみたり。何をしても落ち着かない。玲音とするのは初めてじゃないけど、慣れたと感じるほど回数は重ねていない。中学の頃とは全然違う、骨張った大きな掌で身体中を愛撫されて翻弄されていく行為を思い出すだけでむずむずする。汗を伝わせながら甘い声で名前を呼ばれて、ゆっくり抱き寄せられて、腰を押し付けられて。ああ、落ち着いていられない。いつもみたいに自然な流れでするのもドキドキするけど、こうして宣言されるのはもっとドキドキする。いっそ部屋に着いて直ぐにしてくれたら良かったのに。
そんなことを考えていたらガチャッと部屋のドアが開いて、思わず肩を上げた。濡れた髪の上からタオルを被り、わたしをじっと見つめる玲音。緊張で表情が固まる。

「ん」
「うん?」

わたしが居ることを確認して、満足そうに頷かれた。そのまま冷蔵庫に向かってまず水分補給。こんなにドキドキしているわたしが場違いにも感じるような呑気な行動に、膝の上で拳を握った。わたしもシャワー、借りちゃおうかな…。

「玲音、わたしもシャワー借りてもいい…?」
「ん? お前風呂まだなの?」

玲音はペットボトルを置いてわたしの元にやって来る。ギッ、と片膝だけソファについてわたしの髪を一束掬う。

「いい匂いすんだけどな」
「あっ、お風呂は入ってきたんだけど…」
「んー? じゃあ何で…?」
「あ、ぅ……」

どう言えばいいか分からなくて目を回す。だって、する前には入りたいじゃない。でも玲音が訳分からないって顔をするから大人しく「やっぱりいいです…」と声を絞り出した。玲音がソファから膝を退かし、ドライヤーしてくると一言告げてまた部屋を出ていった。途端に静かになる室内。ブォォ…と微かにドライヤーの音は聞こえてくるけどひとりになると変に想像する時間があるからなのか落ち着かない。またそわそわしながら待つ羽目になる。
結局玲音のドライヤーが終わるまで部屋の中をうろうろ歩き回った。再び開くドアに勢いよく振り向くと、玲音は不審そうに眉を顰める。へへ、と誤魔化すように笑ってみたけど玲音はじぃっとわたしを見つめて近づいてきた。

「お前、なんか緊張してる?」
「えっ? そ、そんなことないよ」
「ふうん? 久しぶりだからか?」

ギクッと肩を上げた。確かに体を重ねるのはいつぶりだったか。忙しくてそんなことをしている暇もなかったのだから仕方ない。そよそよと視線を流すわたしを見て「んじゃベッド行くか」と玲音はひとりで移動を始める。

「あっ、あ…っ」

待って、でもないし、分かった、でもない。言葉にならない声が出て余計恥ずかしい。玲音がわたしを振り返るけど緊張の様子は見られなくて、玲音はもう慣れちゃったのかな、なんて少し悔しく思う。先にベッドに入る玲音を追い掛けるようにわたしも入ると、玲音がぐっと肩を近づけてきた。距離が、近い。

「玲音…っ」
「さて、明日行くとこ決めるか」
「えっ?」

えっ?
心の中でもう一度聞く。スマホを取り出してごはん屋さんを探し出す玲音に一瞬頭が追い付かなかった。でも、確かに明日の予定決めてなかったもんね。

「なぁ、さっきお前が行きたいって言ってたとこ、どこ? 電車でちょっと遠くに行ってもいい気がするけど」
「あぁ、うん…」

何となく脱力。まだしないんだ、と安堵するわたしと、少し残念な気もしてるわたし。気になるお店を並べていくと「お前ほんとにそれ全部食う気かよ」と呆れて笑われた。他にも、今映画は何をしてるかとか、どんなテーマパークがあるかとか、いろいろ調べる。ふたりで身を寄せあって小さな画面を覗き込むだけなのに、これからするって思うと何となく普段通りにできなかった。玲音は大体のお店を決めたようで、「じゃあ朝9時には出るぞ」と言ってくる。わたし達にしては早いスタート。

「起きれるかな」
「起きれるように早く寝るんだろ」

そうだけど、だって、これからするんじゃん…。玲音のせいでこんなにドキドキしてるのに、本人は全くけろりとしている。画面を消してわたしの方を向く玲音。近くで目が合って心臓が急激に暴れ出した。玲音がわたしの後ろへ手を回す。

「あ…、」
「おやすみ、名前」

後ろから掛け布団をバサッと掛けられる。返事もできないまま、玲音はわたしに擦り寄ってきた。あ、あれ、おやすみってことは、しないのかな。

「玲音…?」
「…何」
「いや…何でもない…」

わたしの勘違い…?
一気に恥ずかしくなると、玲音はわたしを抱き寄せて自分の胸にわたしの顔をくっ付けさせる。いつも玲音がねだってくる、抱っこ。

「これ、したかった」
「えっ?」
「だから、久しぶりにこうして寝たかったっつってんの! やだって言っても今日はこのままだからな」

見上げると玲音は照れ臭そうに唇を尖らせていた。これを、したかった? いよいよ自分の勘違いなのだと分かって恥ずかしい。勝手に期待して、勝手に恥じて、はしたない。わたしは前からこんなにえっちだったかなあと反省した。恥ずかしさを誤魔化すように玲音の胸板に鼻を埋めると、玲音は優しくわたしの頭を撫でる。

「お前も、したかった?」
「…うん」
「そっか」

髪に触れる掌が優しい。大切な宝物にでも触れるみたいに、何度も撫でてくれる。

「おやすみ、玲音」
「ん、おやすみ」

何度も、何度も。温かな掌がわたしの髪を撫で付ける度に心地好くて、目を閉じて玲音の胸で呼吸を繰り返す。愛おしい気持ちがどんどん溢れてきて、心地好い心音、体温、匂い、感触、全部に体を委ねたくなる。おやすみって言ったのに眠れる気がしない。久しぶりの温もりに、ひとりで勝手に火照りそうだ。玲音の呼吸の音を聞いてはいるものの、こんな状態で眠れるはずがない。

「…名前」

玲音の甘えた声。思わずドキッとして玲音を見上げる。

「何?」
「眠れない?」
「うん…」
「俺も。久しぶりだから、こうしてるだけで緊張する」
「玲音も緊張するの?」
「悪いかよ…」

拗ねたように唇を尖らせるから、可愛くてちょっと口許が緩んだ。そっか、玲音も慣れちゃったわけじゃないんだ。嬉しくて玲音の頬を撫でたら、玲音が分かりやすくドキッとしながらわたしに顔を近づけてきた。

「お前も、緊張しろよ…」

ちゅ、と湿った唇が重なる。もう既にドキドキしているのに、玲音には伝わってないのかな。唇が離れると、また直ぐに唇を重ねられ、角度を変えながら何度も口付けられる。キスだってまだ慣れなくて応えるのに精一杯だけど、玲音は優しくリードをしてくれて、ちろっと出した舌でわたしの唇を軽く舐めた。誘われるようにおずおずと唇を開けると、そこへ舌が入り込んでくる。

「ん…、」

口内に入ってきたそれは熱っぽく、内側の粘膜を愛撫して歯列をなぞり、舌の裏まで丁寧に舐める。優しくゆっくり口腔を堪能され、唾液を絡めて体温を感じた。時折玲音の喉が鳴り、呼吸の為に僅かな隙間を与えられる。息継ぎをするようにキスの合間に酸素を取り込むと、玲音が僅かに口角を上げて「下手くそ」と笑ってきた。玲音の指が、わたしの耳をなぞる。

「もう慣れたか?」
「ま、まだ…」
「だよな」

こんなキス、慣れる気がしない。玲音はまた唇をくっ付けて、舌を擦り合わせて耳に指を入れてきた。ぴく、と肩を上げると、玲音は舌先を尖らせて、わたしの舌先をちろちろ遊ぶ。

「んっ、ふ…っ」

これに弱いわたしはつい声が出てしまい、玲音の胸板を軽く押す。玲音はそれを気にも止めないようで、小刻みに舌を動かしながら人差し指を優しく耳の中で動かした。今度は玲音の服にしがみついてしまう。

「んんっ、ん、はぁ、う…っ」
「ん…、名前…」
「あ、っう…、んん…、」

上手くできていた呼吸が乱れてくる。舌先が、耳の中が、気持ちいい。玲音を感じて身体がどんどん熱くなる。逃げるように腰を引いてしまうわたしに気づいてすぐに抱き寄せ、更に深く舌が絡む。気持ちいい、恥ずかしい、もっと欲しい。思わず薄く目を開くと、同じく薄目でわたしを見ていた玲音と視線が合った。まさか、ずっと見られてたの?

「れ、おん…、」
「あー…、早く寝るんだったな」

玲音は少し残念そうに笑ってから顔を離した。口の周りの濡れている唾液を親指で拭ってくれる。玲音がわたしを大切にしてくれているのは十分伝わってくるし、だからこそキスだけではくはくと息を荒げているわたしに気遣ってくれているのも分かる。それでも、わたしのペースで我慢を続けなくてもいいのに、玲音は優しすぎるから。

「玲音、このまま…、」
「えっ!?」
「だから、このまま…しよ…?」

自分から誘うなんて、はしたなかっただろうか。玲音も思わず声が裏返るほど驚いている。チラ、と表情を窺うと、玲音は珍しく顔を真っ赤にしながら固まっていた。ちょっと可愛くて、笑ってしまう。

「玲音がしたいように、していいよ」
「なっ、お、お前…、何言ってんのか分かってんのか」
「うん。わたしも続き、したいから…」

触れるだけのキスを、ちゅ、と自分から贈る。そこで火が付いたように、玲音は舌を入れて愛撫しながら体勢を変えてわたしの上へ覆い被さり、ギシ、とスプリングを軋ませた。唇が離れると、目がギラついた玲音に見下ろされている。

「名前…、」

玲音が愛おしそうに頬を撫でてくるけど、表情は穏やかではなかった。興奮したように目を開き、掌をわたしの身体へ移動させてくる。まるで今から眠ろうなんて端から思ってなかったような顔だ。わたしだけに見せる玲音。それが嬉しくて玲音の首へ腕を回すと、玲音はまた唇を重ねてわたしの服の中に手を入れてきた。


END
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フォロワーさんの玲音√プレイ記念に。名前様、お付き合いありがとうございました。
20180203
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