ライブの後は気分が高揚する(らしい)ので打ち上げの後に忍さんがわたしのところへ寄ってくれたら「おかえりなさい」を言ってわたしからキスをしてあげる、というのがいつものコース。でも今日は、今日だけは、…こんなの許せそうにない!
ピンポーンとインターホン。忍さんが来てくれたんだなあと分かってても素直に立ち上がれなかった。Twitterで、まさかあんなやり取りがあって、とっても盛り上がったんですね〜!楽しかったでしょう?なんて言えるような彼女じゃない。独占欲は人並み以上だから例えメンバーといえど忍さんを取られるのはすごく嫌。わたしだけの忍さん、なのに。寝たふりを決め込もうかとも迷ったけどやっぱり忍さんに会いたいからやめた。渋々玄関に向かう。
「…はい」
「もしかして寝てたか?」
「いいえ、べつに」
ドアを開けたらいつも通りの忍さんがいた。遅くなって悪いな、と一言添えてくる。うるさい優しくするな、こっちは今荒れてるんだ!本人には言えないけど心の中でこれでもかというほど叫んでやった。
「とりあえずどうぞ」
「?あぁ…」
さっさと部屋に入ると忍さんが不思議そうにわたしを目で追う。一方的に拗ねるのは子供すぎる気もするけど構ってられない、今日だけはとことん拗ねさせてもらう。わたしがソファに座ると忍さんがおずおずといった様子で隣に腰掛けてきた。
「…どうしたんだ?」
どうしたんだ、ですか。そうかそうかわたしが不機嫌なのは分かるんですね、じゃあその理由も是非ご自分で考えてください。そんな気持ちを込めてキッと忍さんを睨むと、忍さんが困ったように眉を下げる。そ、そんな可愛い顔、してもだめだから!
「名前」
「何ですか」
「怒ってるんだろ?言ってみなさい」
忍さんのこういうところが、ずるい。すごい歳の差があるわけじゃないのに妙に大人に感じて、こちらが一方的に怒ってるのが恥ずかしくなってくる。忍さんを見てると理由を言ってしまいそうになるのでつーんとそっぽを向いて体育座りをした。
「別に怒ってないです」
「そうは見えない」
「怒ってないですって」
「言ってくれないのか?」
「だからっ、」
忍さんがしつこいからムカムカしてそちらを向くと、その瞬間に忍さんがわたしの後頭部へ手を添えてぐっと顔を近付けてきた。おでこが触れ合いそうな距離にある。
「今日はキスしてくれないんだな」
「、っ」
「…やはりそれが理由か」
眼鏡の奥で忍さんの目が細くなる。薄く開かれた目はわたしの内側を見透かすようで落ち着かなかった。理由を当ててほしいと思ってたくせに、当ててもらったら今度は居心地が悪くなるなんて、自分勝手にも程がある。たかがキスなんかで、と思われそうで怖かった。
「し、しのぶさ、」
声が震えていた。一旦喉で息を吸ってから忍さんを見ると、忍さんは困ったように微笑んでいる。わたしが、忍さんを困らせてる。
「あ、あの」
子供だと思った?めんどくさいと思った?それでも許せないわたしは心が狭い?忍さんの全部をわたしのものにしたいのは、わたしだけが忍さんの体に触れていたいと思うのは、重たすぎる?何一つ聞けなくて口が縫い付けられたように開かない。忍さんの大きな手がわたしの頭をそっと撫でた。
「名前」
「は、い」
「悪かった」
頭を往復されるとその温もりに安心して目頭が熱くなった。そうだ、忍さんはいつでもわたしを否定しない。ふるふる首を横に振ると忍さんはまた困ったように笑う。
「ライブ中は仕方ないですよ。分かってます」
「気分が乗ってくると何をしでかすか予想がつかない奴らなんだ。興奮しているのも分かるんだが…今日はちょっといきすぎだったな」
「メンバー同士のキスなんて、しょっちゅう聞きますし、珍しいことじゃないですよ」
「そうなのか?ああいうことを頻繁にされては堪ったものではないけどな」
忍さんの言葉に笑ったわたしを見て、忍さんを嬉しそうな顔をした。いつも無表情なことが多い忍さんがたまに見せてくれるこういう顔が本当に好きで、その度に心臓がぎゅうっとなる。言っても仕方ないことに変にヤキモチ妬いて忍さんを困らせるより最初からこうして忍さんと楽しくお喋りをして笑い合えば良かった、なんて考え出してるわたしは相当単純なんだろう。
「今日みたいなことがないようにする…とは言い難いが、名前を悲しませてしまったのなら反省する」
「いえ、大丈夫です。そりゃあ少しは妬きますけど…仕方ないですから」
「少しなのか?」
忍さんが微笑みながら意地悪してくる。ほんとはめちゃくちゃ拗ねたし青井有紀とかいう男の息の根を止めてやろうかと企んだし、それも全部忍さんは分かってるだろうから「少し」だなんて思ってないはず。唇を尖らせると忍さんはわたしの手を引いて優しく抱き寄せてくれた。
「名前が理解があるからっていつも甘えてしまっているな…すまない。有難う」
「いいですけど…その分わたしのことも甘やかしてくださいね?」
「あぁ、心得ている」
忍さんの手がわたしの頬を包む。あったかくて優しくて、こうされるのが一番好きだって、多分バレてるんだろうなあ。
「忍さん、好きです」
「あぁ、俺もだ」
ちゅ、と小さな音が静かな部屋に響いた。
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「げえ、青井有紀と間接キス…」
「どうしてお前はそういうことを…」
20160731
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