「せ、芹さん……あの、お話が、あります…」

緊張して唇を舐める名前ちゃんを見て芹さんはぴくっと眉を動かしました。視線を床に伏せて合わせないようにしている名前ちゃんがこれから言うことは大体予測できます。芹さんがだめだと言いたくなることです。こういうときの名前ちゃんは分かりやすく落ち着きがないので芹さんはニッコリ笑ってあげました。

「だーめだ」

優しい声と真逆の言葉に名前ちゃんはびっくりして顔を上げてしまいます。そもそもまだ話してもないのです。

「せ、芹さん!まだ内容は…」
「俺に許可が要るような話、じゃないのか?違うなら悪かったよ」
「いえ…その…」

名前ちゃんは再び視線を落としてしまいました。そわそわと自分の腕を触ってみたり項を触ってみたりと落ち着きがありません。声が震えているのも緊張からなのでしょうか。

「芹さん、お話だけでも…」

名前ちゃんの眉が心底困ったように垂れています。あまり意地悪をしてしまうのは可哀想なのですが、嫌な予感しかしない芹さんはなるべく話を聞きたくありません。名前ちゃんの視線はついにちろちろ泳ぎだしてどうしたら芹さんに話を聞いてもらえるのかを考えているようでした。芹さんは、ふぅ、と息を吐きます。

「わかった、話してみろよ」
「!、あのっ、いいんですか?」
「ただし話を聞いてからだからな」
「はい!」

力一杯頷く名前ちゃんは大きな深呼吸を1回すると、今度はきちんと芹さんの目を見て口を開きました。

「実は明後日合コンがありまして、」
「だめだ」
「せ、芹さん…!」

まだ言い終わらないうちに腕を組み始める芹さんはジロッと名前ちゃんを睨みます。まさかそんなこと俺に聞かないよな?聞くまでもないよな?と目で訴えていました。ここで引き下がれるものなら引き下がりたい名前ちゃんですが、今回はそうもいかないのです。

「人数が、足りないと言われまして…」
「…」
「この前休んだときのノートを貸してくれた子なんです。…その、断れなくて…」

普段から気が弱い名前ちゃんが断れずにこの話を持ち帰ってくることなんて安易に想像ができます。芹さんの眉間には深くシワが寄りました。でも、そんな、と弱い声で否定しても聞いてもらえずに強引に話を進められたのでしょう、想像ができやすすぎて芹さんは今すぐ頭を抱えたいのをぐっと我慢しました。内気な名前ちゃんが頑張って友達との付き合いを大事にしているのに芹さんの独占欲でそれを壊すような束縛は、芹さんだってしたくありません、分かってはいるのです、が、芹さんはムッと口を閉ざしたままで無言を貫きました。

「芹さん…だめですか…?」

名前ちゃんの困ったような声を聞くと芹さんは気まずそうに目を逸らしました。これに弱いのです。ねだるような声で頼み込まれたら、自分の独占欲を優先させるわけにはいかなくなってきます。

「…何時からどこで?」
「20時から、駅前通りのお花屋さん向かいのお店です」
「途中で抜けてこられるのか?」
「わたしも長居するつもりはありませんから…」

苦く笑って見せる名前ちゃんに芹さんは体を寄せて引っ付きました。そのまま額を名前ちゃんの肩口につけます。本当にごく稀に拝める芹さんの姿に名前ちゃんは驚きを隠せません。

「せ、りさ…」

震える手で芹さんの髪に触れると、それ以上何も言わなくなった芹さんが大人しく名前ちゃんに髪を触らせていました。顔は見えませんが芹さんの気持ちがぐらぐら揺らぎながら自分の気持ちを押し殺そうとしています。本当は行かせたくない、こんな風に強く断れない彼女を飢えた男の中に放り込みたくない、俺の女だからって言って俺が代わりに断ってやりたい、その日はこいつを閉じ込めてやりたい。芹さんは小さく控えめなため息を吐きました。

「…わかった。お前を信じるよ」



****



当日。
芹さんは落ち着きなく立ったり座ったり、脚を組んだり組み直したり、椅子の肘おきをトントン叩いてみたり、それはそれは忙しい様子でした。行ってきますと一言LINEが来てからまだ1時間。今からでも乱入してしまいたい気持ちでいっぱいです。

「遅い…」

まだ1時間しか経っていないのに苛々と時計を見る芹さん。自分も過去に何度も参加していたのですから1時間くらいじゃ抜け出せないことなんて分かっています。それでも芹さんは1分毎に携帯を手に取り連絡を待っていました。やっぱり行かせるんじゃなかった、少しでも触られたら2度と外に出さないぞ、いや、口説かれるのだってあり得ない、連絡先なんて交換してきたら何するか分からないな俺。芹さんは電話帳に女の子だらけの自分のことは棚に上げて想像で腹を立てていました。

「あー…っ」

耐えられなくなった芹さんは車のキーを持って立ち上がります。そのまま玄関までずんずん歩いていったところで、でもなあ、と座り込みました。芹さんはLINEを開きます。やはり最後のLINEは1時間前。そこから何も来ない連絡に、芹さんは画面に指を滑らせました。

『ちゃんと本命の相手もしないと拗ねるからな?( ー̀εー́ )
 適当なとこで抜け出して連絡しろよ。迎えに行くから、一緒に帰ろ?』

いつもみたいにすぐには既読になりません。このもどかしい時間に芹さんはまた落ち着きなくそわそわし出しました。名前ちゃんには信じると伝えてありますし、そもそも名前ちゃんが芹さん以外の人と浮気するなんて考えにくいのですが、芹さんは純粋に心配だったのです。言い寄ってくる人に強い拒絶ができるのか、流されてしまわないか、そうこうしている間にちょっと外の空気を吸いにいこうなんて連れ去られていないか、持ち帰られていないか…。名前ちゃんに初めて出会ったときを思い出すと気付けばホテルにいましたなんていうのも否定できません。芹さんは車のキーを握り直します。と、そこでやっと携帯が鳴りました。芹さんは急いで画面を開きます。

『抜けてきちゃいました!』

次の瞬間、芹さんは大きな音を立てて家を飛び出していました。
こんなに急いでいる芹さんを見られるのはとってもレアです。いつも飄々としていて余裕そうな憎たらしい顔でにやにやしているあの芹さんが、名前ちゃんには一生懸命なのです。待てができた後の犬のように、OKサインの後にがっつく犬のように、芹さんは名前ちゃんの元へ急ぎます。駅前通りに入ると名前ちゃんは近くのバス停のベンチに腰かけていました。その路肩へ芹さんは車を停めます。

「名前、お待たせ」

芹さんが車から降りて声を掛けると、名前ちゃんが振り向いてパアッと表情を明るくさせます。会いたかったです、と顔に書いてあるようで芹さんはホッとしました。先程までの苛々が全部吹き飛ぶようです。

「芹さん!お迎えありがとうございます」
「何だよ、機嫌良いな」
「はい、わたし芹さんのこと大好きなんだって、分かっちゃいました!」

名前ちゃんがふにゃんと笑うのであまりの可愛さに芹さんは口端が震えてしまいました。今すぐぶち犯してやりたいのを堪えます。

「話聞くから車に乗れよ」

あくまで冷静に、いつも通りに振る舞う芹さん。名前ちゃんの顔を見て何もなかったんだと確信したので本当は嬉しさで転げ回りたいくらいのテンションだったのですが、大好きな彼女の前だと芹さんはいつもかっこつけなのです。心配してそわそわしていた芹さんからは想像できない振る舞いに、名前ちゃんは何も知らずに素直に車に乗り込みました。車がゆっくり進みます。

「で、俺がどうしたって?」
「はい。わたしああいう場はやっぱり緊張してしまって上手く話せないんです。皆さん気遣ってくれたんですけどどうしても苦手で…だから今日はあんまり喋らずに観察してたんです!」
「観察?」
「はい、人間観察。場の盛り上げ方だとか、気配り、会話の作り方、細やかな仕草とか…比べるのはいけないことなんですけど、芹さんのがあれこれできるなあって思いまして…」
「ふうん、それで俺が好きだって思ったのか?」
「はい!苦手な場ではありましたけど、それが再確認できたので今日はとっても楽しかったです!」

名前ちゃんが嬉しそうに笑うものですから芹さんは思わずウインカーを出して建物の中へ左折しました。名前ちゃんがビクッと肩を上げます。

「せ、芹さん、ここはお家じゃ…」
「お前が可愛すぎて家まで待てなかった」
「でも、あの、」
「嫌?」

入ってきた建物がどんなところなのか、何をするところなのか、もう理解している名前ちゃんは恥ずかしそうに視線を落として自分のスカートをぎゅっと握ります。

「嫌じゃ…ないですけど」
「お前を抱きたくて仕方ないんだよ」
「せ、芹さん」

芹さんは駐車してから名前ちゃんの額にちゅっとキスを落とします。ふわっと名前ちゃんからタバコの臭いがして、芹さんはこれを早く上書きしたいなんて思いながら額に唇をくっつけたまま名前ちゃんの手を握りました。名前ちゃんが緊張で固まります。

「これでも心配してたんだから、早くお前を愛させてくれよ」
「しん、ぱい…?芹さんがですか?」
「ああ、大事な彼女を俺の知らない男達の中に行かせるんだから、心配するに決まってるだろ」
「そ、そうですか…」

名前ちゃんはきゅっと唇に力を入れ、それから震える唇を開きます。

「じゃあ…わたしが芹さんしか大好きじゃないっていうのも、今からたくさん教えさせてください…」

震える声に芹さんはため息を吐きました。どうして俺の彼女はこんなに可愛いんだ。この場で押し倒してしまいたいくらいですがラブホテルの駐車場でカーセックスは斬新すぎるので芹さんは名前ちゃんのシートベルトを外してやります。

「たっぷり体に教わってやるよ。ほら、行こう」

芹さんの悪戯な笑顔からはドキドキは伝わってきません。名前ちゃんはその表情に胸を高鳴らせながら、ずるいなあ、芹さんはいつもかっこよくて、わたしも芹さんをときめかせてみたい、なんて思うのです。これから抱かれに行く名前ちゃんはドキドキしたまま芹さんに手を繋がれ、人生で2度目のラブホテルをまた同じ人と堪能するのでした。

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昨日のTwitter狙い打ち、とても可愛かったです。
20160703
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