いて、いてて。名前ちゃんは笑顔を引き攣らせました。大好きな芹くんとのデートですから頑張ってお洒落をしてきたのですが、それが仇となりズキズキ鈍い痛みが足元を襲います。今のところデートは順調、会話も弾んでいるしテンポ良くプランを熟せています。まだ辺りが暗くなりきっていないのでこれから夕食という計画の中、もう既に帰りたい名前ちゃんは額に汗が滲んでいくのをどうにか隠していました。足を引き摺るわけにもいかないので速度を落としますが、それで痛みが軽減されることはありません。じっとしていても痛いのですから速度を落としたところで動かしているときはもっと痛いのです。

「名前?」

長くは誤魔化せないと思っていた名前ちゃんですが、あと少し、あと少し我慢したかったのです。大好きな芹くんとやっと恋人同士になれたのですから情けない姿は見られたくありません。名前ちゃんは必死に口端を引き上げて笑顔を作りました。

「せ、芹くん!まだ時間あるし、ちょっと買い物していかない?」
「…まあ、いいけど」

芹くんに気づかれる前に何としても対策を取らなければいけないと感じた名前ちゃんは新しい靴を買うことを思いつきました。ぺったんこの靴は可愛くないですが文句は言ってられません。駅ビルまでの道をゆっくりゆっくり歩いていきます。

「なあ、なんか辛そうじゃないか?」
「えっ何のこと?大丈夫だよ!」
「でもお前、なんか苦しそう…」
「お腹減いてきちゃったからかなあ!あはは」

歪んだ口許は笑顔とは呼べませんでした。さすがの芹くんもじっとり名前ちゃんを眺めます。

「さ、い、行こう芹くん」

視線が痛くなってきたので名前ちゃんはせかせかと精一杯足を動かして駅へ向かいました。距離的にはすぐそこのはずなのに道のりは長く感じます。痛すぎて自分がどんな顔をしているのかも分からない名前ちゃんは涙を滲ませながら一歩、また一歩と自分を虐めていきました。

「あ…」

名前ちゃんが数歩歩くと芹くんが短く声を漏らし、その瞬間に後ろからふわっと抱き抱えられてしまいました。何事かと動かした足にまた鈍痛が走ります。

「せっ、芹くん!?」
「やっと分かった…」

芹くんが近くのベンチへ名前ちゃんを降ろすと名前ちゃんの足元に跪きます。あ、バレた、と顔を顰める名前ちゃんですが、次の瞬間芹くんが名前ちゃんの足の甲へキスを落としたのでその目をひん剥いてしまいました。

「なっせ、うそ、待っ」
「ガラスの靴が合いませんでしたか、シンデレラ?」

ちらっと上目に名前ちゃんに視線を飛ばす芹くんに名前ちゃんはカァァッと赤面しました。こんなキザな台詞も彼なら恐ろしいほどに似合ってしまうのです。優しい目に見つめられるとこんな冗談に本気でときめいているのがバレてしまいそうで名前ちゃんは慌てて視線を逸らしました。芹くんは名前ちゃんの靴を優しく脱がせると真っ赤になった傷口を見て苦く笑います。

「あーあ、こんなになるまで我慢しちゃって、まったく」
「芹くん、」
「困ったお姫様だことー。俺が王子だと言いづらいって?」

芹くんがけらけら笑って名前ちゃんの頭を優しく撫でてあげました。これは芹くんの癖なのか、普段はこうされると落ち着くのですが、黙っていたことを嗜めるように感じてしまってちろちろと視線が休まりません。芹くんが立ち上がり、その手には名前ちゃんの靴が握られたまま。芹くんがっかりしたかな、呆れたかな、かっこわるいなあ。名前ちゃんが分かりやすく肩を落とすものですから芹くんは一層笑ってしまいます。

「そう落ち込むなって、車まで抱っこしてやるからさ」
「えっあの」
「俺人前でこんなことするの初めてだな〜」
「えっうそっちょっと!?」

芹くんは名前ちゃんをひょいっと抱えるとそのまま駅の方向へ足を動かし出します。駅の裏の駐車場へ向かうのだと気づくまでに数秒かかりました。軽々しく名前ちゃんを持ち上げる芹くんの腕は逞しく、名前ちゃんは思わず胸をときめかせます。が、周りの視線が凄いのです。

「せ、せりくん、これやだよ…っ」
「仕方ないだろ?お姫様にはお姫様抱っこって決まってんだから」
「ちがっ、抱っこが恥ずかしいって、」
「俺は悪い気分じゃないな、人前でこんなこと滅多にできないじゃん?」
「も、もう…っ」

いつもより近い位置にある芹くんの顔が楽しそうで、直視できませんでした。芹くんの肩に顔をくっつけると小さく「ありがとう…」と漏らします。芹くんはにやにや上機嫌でした。

「なあ、せっかくならこの人前で目覚めのキスでもしとく?」
「それ白雪姫でしょ!もう!」
「あ、そうだった。そりゃ残念」

駅前の人の量を思い出したくもない名前ちゃんは芹くんの服をしっかり掴みながらしがみつき、芹くんはというとすれ違う全員に見せ付けるように堂々と歩いていくのでした。


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Twitterの芹くんより。お姫様扱いは乙女の夢ですよね。さすが芹くんという回答にきゅんきゅんが止まりませんでした。
20160619
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