(( マーキング ))




むっすー。
あからさまに眉を釣り上げている朔良に「どうしたの?」と声を掛ける勇者、ハルくん。別に、と短い言葉であしらわれている。朔良はたまにこうして不機嫌になるしそれを隠そうとしない。何に拗ねているのか何に苛立っているかは大体見当つくけど、だからってこうして感情を露にするのはよろしくない。

「朔良、ハルに冷たくするなよ」
「何で」
「可哀想だろー」
「何が」

芹くんの言葉にも短い言葉を返しながらツーンとそっぽを向く。よろしくない、非常によろしくない。

「なあ、名前…」

芹くんが困ったようにわたしに笑いかけた。はいはいわたしの出番ですか〜、と朔良に近付く。朔良は唇を尖らせたままわたしをじろっと睨んだ。

「何」
「ちょっとおいで」
「だから何」
「いいから!」

朔良の手を掴むと朔良はむすっとしたまま立ち上がり、大人しくついてくる。芹くんにごめんねって一言言ってからスタジオの外まで連れ出して、そこまで無言を貫いてた朔良は気まずそうに頭を掻いていた。口がむすっとしてるのちょっと可愛いんだけど、毎回ここからが長いんだよね…。わたしは朔良の手を離して向き合い、朔良は不機嫌そうに腕を組んで壁に背を付けた。

「さくらぁ、」
「何」

宥めるような声を出してもツーンと横を向かれる。本気で怒っている様子ではないけどかなり拗ねてるなあって伝わってきた。今回はまあ確かにいつもより嫌だったのかな…。

「ねえ朔良、機嫌直してよ」
「やだ」
「千哉ちゃんとは本当に何もないんだよ」
「ふうん」
「新曲の感想伝えてただけだから、ね?それ以外は話してないよ?」
「あっそ」

くー、だめかあ、なかなかに手強い。あんまり言いたくないけど朔良はあれしか許してくれなそう。朔良に1歩近付くけど朔良はこっちを見ようともしない。朔良のカーディガンの袖をそっと握る。

「…好きだよ」
「…」
「好きなのは朔良だけだから…機嫌直して、ね、」

恥ずかしくて顔が見れないのに朔良は黙ったままで何を考えてるのか読み取れない。朔良の指がわたしの顎を持ち上げた。

「あんたさあ」

朔良の目からは怒りが消えてなかった。こんな恥ずかしいことまで言わせてまだ拗ねる気か!もう知らない!と思うのに朔良が離してくれない。言葉が続く。

「何度同じ事言わせんの?頭悪いのかよ」
「な…っ」
「新曲の話をしてるのは知ってるけどあんなにべたべたくっつかなくてもいいだろって言ってるんだよ。バカには直球で言わないと分かんないか?」
「べたべたなんてしてないし、千哉ちゃんとは普通に話してただけで、」
「千哉はどうか分かんないだろ。本当に俺のこと好きなら何度も同じ事で苛つかせんな」

気持ちを疑われているような発言にさすがにカチンときて朔良から手を離す。

「はあ?何それ。わたしは朔良しか好きじゃないって言ってるのにまだ拗ねるわけ?千哉ちゃんは本当にそんなんじゃないし、大体朔良以外の人と話さないで過ごすなんて無理なんだから仕方ないでしょ。一方的に妬いてるだけなのに何でわたしがいつも謝らなきゃいけないの、ばからしい」
「…」
「確かに千哉ちゃんとは仲良しだけど、ちょっとは信用してよ」

すっきりしたけど朔良が黙り込むから言い過ぎたなって一瞬で後悔した。顔を見なくても分かるけど一応顔色窺ってみたらやっぱり眉間にくっきり皺が寄ってて今にも殺されそう。謝ろう。命乞いをしよう。今日は何でも言うこときいてあげちゃう。

「さくらぁ、そんな顔しないのー?」
「誰がさせてんだよ」
「…ごめん」

冷たい言葉が刺さった。機嫌取ろうとしてるんじゃなくて罪悪感からか素直に朔良に引っ付く。ぎゅうってしてみても朔良はいつもみたいに手を回してくれない。本当に怒ったんだと思うし、この喧嘩も何回目か分かんないし、これじゃあ疑われても仕方ない。朔良が分かってくれないのが悪いって思ってるのに、分からせてあげられない自分も無力で辛い。飽きられたかもしれない。そう思ったら途端に目頭が熱い。

「朔良、ごめん、本当に好きだよ。本当だから…、どうやったら、信じてくれる?わたし、朔良だけだよ」
「声震えてる。あんた泣いてんの?」
「ねえ朔良、好きだよ…」

朔良がわたしの顎をぐいっと掴んで上を向かせると朔良がゆらゆら揺れて見えた。これだけのことで涙滲むってわたしメンタル弱すぎ。相変わらずむすっとしてる朔良が少し乱暴にわたしの目尻を親指で擦った。

「じゃああんたからキスして。今日はそれで許す」
「は、あ?」
「早く。しないなら別にいい」

朔良が拗ねてるような待ってるような顔でわたしを見るから、スタジオの外だけど、一瞬だからと自分に言い聞かせて朔良のカーディガンを握る。ちょっと背を丸めて待っててくれて、恥ずかしさから逃れるようにぎゅうっと目を閉じて早急に朔良の唇に自分のそれを重ねた。自分からすることなんてほぼないからやり方も分からなければ加減も分からない。ぱっと離れるとさっきより不機嫌そうな朔良の顔が目の前にあった。

「ふうん、名前の好きはこの程度か」
「えっ?」
「全然好きじゃないんだろ、一瞬だけなんて」
「そういうわけじゃ…だって恥ずかし、」
「言い訳はいい、もう戻る」

朔良がぷいっと顔を反らす。喧嘩したいわけじゃない、長引かせたいわけでもない、ただ朔良に安心してほしくて、好きなの分かってほしくて、それで頑張ってるのに全然伝わってくれない。こんなに好きなんだから心配しなくていいのにって思うのにそれを伝える術がない。早くしないと朔良が行っちゃう。そしたらまた1日ずっと喧嘩したまま。そう考えたら名前を呼ぶより先に朔良の腕を引っ掴んで唇を塞いでいた。

「っ…」

やり方が分からないわたしは歯をぶつけて一瞬怯んだけどそのまま舌を入れた。いつも朔良がやってくれるみたいに上手くはできないけど朔良の舌先をなぞり、中に入り込んでいく。唾液を絡めながら熱を擦り合おうとしたら朔良の手がわたしの頬に添えられて角度を付けるように唇をずらされた。唇を挟むように吸われる。

「ん、…」

やっぱり朔良はキスが上手い。気分が乗ってきたのか自分から舌を絡めてくれて、吸われたり辿られたり忙しい。唇の間から漏れる息が熱くなってきて朔良の胸板に手を添えると、朔良もわたしの腰に手を添えて抱き寄せる。気持ちよくて頭が痺れてくる感覚。ぼうっとしてきたら朔良は唇をくっつけたまま手を動かしてきた。

「んっん!?」

するんと腰から上へなぞられ、シャツの中に手が忍び込んでくる。

「ち、ちょっと、何考えてんの、こんなところで…っ」
「あんたまだ他のこと考えられんだ」
「そういう問題じゃ、っ」

背中につつぅと指を這わされて思わず言葉ごと息を飲み込んだ。素肌をなぞられるとそこに熱を持たされるようで落ち着かない。朔良の指がわたしを誘うように動く。

「っん…」
「好きだよな、背中」
「ち、が、」

否定してみたものの腰がじんじん疼いてきて誤魔化しようがないくらい感じる。朔良が唇を重ねながら顎を遣ってわたしに上を向かせた。上から押し付けられるようなキスに呼吸もままならずに朔良の胸板を押してみてもまるで無視。舌でねっとり愛撫しながら薄く目を開けてわたしの反応をただじっと見ている。

「ふ、ゃ…っ」

上を向きながらキスをしているせいか上手く酸素を取り込めなくて頭がくらくらしてくる。朔良の目が愉しそうに細まって、背中を這っていた指が下着のホックをぷちんと外した。

「っ、さく、」
「んー…」

黙らせるみたいに唇全体を覆うキスをされて声も出せない。指が背中を、脇腹をなぞり、ぞわぞわ刺激を与えられながらゆっくり移動してくる。

「!…っ、ひゃ」
「ここ、いい反応」

朔良の低い声がぞわっと鼓膜を嬲った。途端に鳥肌が立って、朔良の指からの甘い刺激に身を委ねそうになる。朔良は本当にこういうのが上手くて、全てがどうでもよくなってくる。早く朔良が欲しくなる。

「さ、く」
「声出すなよ」

朔良の指が動く。わたしが自分から唇を開いて朔良を誘うように舌を覗かせると、その瞬間に真横のドアがガタンと音を立てて開かれた。派手な音にびっくりして肩を上げると、わたしに同じく心底驚いたような千哉ちゃんがこちらを見て固まっていた。ち、千哉ちゃん、このタイミング。

「ちや、ちゃ、」
「っ、何してるんだよ朔良!」

千哉ちゃんの頬がワンテンポ遅れて赤に染まった。やっと状況を把握したように眉が釣り上がる。

「何、邪魔」
「遅いから心配して来たんだろ、なのにこんな…っ」
「別に頼んでない」

朔良はわざとらしく溜め息を吐いてから千哉ちゃんと視線を交わしながらわたしの首元に唇を這わせた。ちりっと首筋に痛みが走る。

「…っ、朔良!」

朔良の胸板を強く押すと朔良は素直に顔を離したけど視線は千哉ちゃんから外さなかった。満足そうににやぁっと笑っている。千哉ちゃんの顔が一層赤くなった。

「勝手にしろっ」

千哉ちゃんが珍しく声を荒らげてスタジオへ戻っていった。バタンッと閉まるドアが少し寂しい。じっと動けないままでいるわたしを朔良が後ろから抱き締めてくる。

「いつまで千哉のこと見てんの」
「あのねえ、」
「あいつからかうと面白いから」

喉の奥で笑う朔良は機嫌が良さそうにわたしの頭を撫でた。毛並みを確かめられるような手つきで落ち着かない。

「それに、もう印つけたからいい」
「印?」
「ん」

朔良は短く頷くとわたしを置いてさっさとスタジオへ戻っていく。中では千哉ちゃんが膨れていてハルくんと芹くんが必死に機嫌を取ろうとしているのが見えた。

「印?」

もう1度呟いてからわたしも慌てて朔良を追ったけど、中に入ってから首元を見てにやにやする芹くんを見て直ぐに後悔した。そういうことだったのか、マーキング猫め!


END
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言っても聞かないならマーキングするということですね。独占欲丸出し朔良ちゃん可愛いです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20160617
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