(( 矛盾した幸せ ))




こわかった。

怖かったというか、今でも怖い。幸せすぎて怖い。好きすぎて怖い。あいつが真っ直ぐすぎて怖い。あいつの全てが怖い。それでも俺は、逃がさなかった。それが俺の選択で、それを100%間違えたとは思っていないけど、あいつに道を踏み外させた自覚はあった。失うのが怖い。誰かのものになんかさせたくない。俺の傍に置いておきたい。それでも、俺であいつを汚したくない。あいつを恐れる理由はそれしかなかった。

「もー、あんまりからかわないでよ!」

スタジオの隅であいつが笑う。メンバーと談笑して、楽しそうに笑う。あいつは誰にでもそういう笑顔を見せる。他愛ない会話も頭に入ってこなくて、チリチリと燃えるような内側から焼ける感覚が広がる。俺が俺で無くなりそうな、感情と理性がぶれていく感覚。制御しないといけない場面でだんだん制御ができなくなっていく。

「芹…?」

千哉の怯えたような声でハッと引き戻された。危なかった。また暴走するところだった。朔良と喋っていた名前も俺の顔色を窺うような視線を飛ばしてくる。

「ん?どうかしたのか?」

へらっと笑うと名前が安堵したように見えた。別に何でもない、と千哉。ハルの視線がちょっと痛いけど何とか平和に収まりそうだ。あいつはまた朔良と話し始める。さっきの怯えた表情はもうない。

俺はあいつが怖くて、あいつも俺が怖い。

あいつには幸せになってほしい。それは本心だし、あいつは幸せにならなきゃならないとさえ思う。真っ直ぐで思いやりがあって、何事も一生懸命、こんなにいい子がどこにいる?なかなか出会えない。幸せにならなきゃ可笑しい人間だ。それを、俺みたいな汚くて卑怯でどうしようもない嘘つきが幸せにできるかと聞かれたら、無理だ。俺と一緒にいて幸せになれるはずがない。俺とあいつじゃ釣り合いが取れない。分かってる。それでも離したくない。ここまで頑張って追い詰めたんだから、今更手放すなんてできない。恐怖でも嫌悪でも何でもいいから俺だけを見ていて、俺に縛られてほしい。そんなのあいつの幸せにならないけど、あいつの幸せを壊してでも俺はあいつを俺の中に閉じ込めたかった。逃げ出せない状況まで追い詰めて、俺に縋り付くあいつが見たかった。俺がやった最低なことを悔いてももう戻らない。あいつを大事にして尽くしていくことで償っていくしかない。それでも絶対に俺から逃げることは許さない。

「さ、お喋りはそこまでにしてそろそろ帰るぞー。明日は朝から取材だから時間確認しとけよな」

解散を告げてスタジオを出ていくメンバーを何となく見た。見たというか、視界に入る程度。最後に名前が俺の傍へ寄ってくる。

「芹くん、大丈夫?疲れた?」

大きな目が俺を覗き込む。この目、穢れを知らないような、綺麗な真っ直ぐな目。俺はこれを見るのが怖い。俺の心を見透かされるようで、俺の汚さを非難されるようで、俺とこいつは釣り合わないって思い知らされる。そんなキラキラした目を向けないでくれ。俺だけしか見せたくなくなる。俺だけしか見れないようにしたくなる。俺だけしか知れないようにしたくなる。また外に出したくなくなる。

「芹くん?」
「ああ悪い、帰るか」

名前の手を引いてやると名前は一瞬びくっと肩を揺らした。まだ俺を恥ずかしがっているという反応じゃなくて、はっきりと俺に脅えてる反応。俺に触れられることを恐れ、反射的に拒絶してる反応。こいつは俺のことが好きだと言ってくれたし、傍にいるとも言ってくれた。それでもまだこんなに怯えられる。自分のやらかしたことのでかさははっきりと自覚してるけど、いまいち反省しきれない。あれ以外に手段がなかったし、ああでもしないとこいつは俺のことを見てくれなかったんじゃないかと思うし、今俺の隣にいなかったと思う。本当に悪いことをしたのは分かってる。何度でも謝りたい。でも、ああするしかなかったんだよ。

「芹くん、手、」
「何だよ、恥ずかしいのか?」

茶化すように笑うと名前は拗ねて顔を背けた。可愛い。俺はこの上なく幸せだ。ずっと手に入れたかったこいつと、こうして手を繋いで、同じ家に帰る。夢みたいだ。幸せすぎて怖い。こんな幸せをお前にも味わわせてやりたかった。この手を離せば楽になるかもしれない、こいつの幸せはその先にあるのかもしれない。それでも俺はこの手を離してやることはできない。


どうか、幸せになれよ。



END
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ゲーム後の芹さんは暫く自分の中で離してやりたいけど離したくないという葛藤をするんじゃないかなと思っています。それを乗り越えた先にスパダリ芹さんがあるのか、罪の意識から償おうとしてスパダリ芹さんがあるのかは謎ですが管理人はスパダリ芹さんが大好きです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20160601
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