「さて、と」

シャーペンをノートの上に置いた名前ちゃんはぐぐっと伸びをしてから立ち上がりました。

「キリついたからトイレ行ってくる」
「え、お、俺もついてこうか?」
「来ないで変態」

キッと高橋さんを睨み、名前ちゃんは部屋を出て行きました。名前は今日も可愛いなあ。高橋さんはとても満足そうです。今朝早くから名前ちゃんは高橋さんの部屋を訪れ、勉強教えて、と理由は名前ちゃんらしいですが、名前ちゃんは黙々とノンストップで1人で勉強をしていました。分からないところが出たら声掛けるというわりにまだ声を掛けられていないので、どうやら勉強を教わることではなく、不器用に一緒にいたいだけと伝えているようです。それを察してしまった高橋さんは嬉しくて仕方ありません。今にも彼女自慢をしたいところですがグッと抑え、ついでに性欲も抑えながら名前ちゃんを見守っていました。高橋さんはにまにまと口の緩みを隠しきれていませんが、次の瞬間、嫌でも高橋さんの顔から笑顔が消えます。

ヴヴッ

名前ちゃんのスマホが鳴ったのです。通知が画面に大きく表示されているので、どうやらLINEが届いたようです。いけないことだと分かっていましたが、高橋さんは名前ちゃんのスマホを覗き見してしましました。

「浅井 大輔…?」

高橋さんは泣きそうになりました。名前、俺以外の男の子とも普通に連絡取るんだ、まあ、そうだよね、普通だよね。しかし高橋さんが気になったのは内容のほうでした。

【火曜日のことは了解!連絡ありがとう】

ぽつり。高橋さんの心は少しだけ黒くなりました。その黒い点はじんわりと広がっていき、高橋さんの心を埋めていきます。火曜日のことって何か分からないし、名前からこの男の子に連絡したこともやだな…。高橋さんは先程の幸せ顔が嘘のようにひどく傷つき、俯いてしまいました。

「ただいま」

そのとき、名前ちゃんがお手洗いから帰ってきました。高橋さんの隣にストンと座り、早速シャーペンを握ります。今まで名前ちゃんから男の子の話を聞いたことのなかった高橋さんは、自分がこんなに独占欲が強いなんて知りませんでした。今まで浮気なんて考えてなかったけど、名前こんなに可愛いんだもん、俺なんかが彼氏じゃ浮気もしたくなるよね、この前だって告白されてたし、あそこに俺がいなかったら付き合ってたのかな…、と高橋さん。なんだか考えすぎています。

「…」
「…」
「…」
「…なに」
「え、?」

名前ちゃんは再びシャーペンを置きました。視線は高橋さんへ向けられています。高橋さんはこくんと首を傾げて見せますが、名前ちゃんはこわい顔をしていました。

「何その顔、何があったの」
「え、なにが?」
「浩汰の顔、何かあった顔してる」

高橋さんは焦りました。ここで何か言ったら名前に捨てられちゃうかな、黙ってたほうがいいかな、俺は名前のこと好きだけど、名前はどう思ってるのとか、重いかな…。ぐるぐる余計なことを考えていると涙がぶわっと出てきてしまって高橋さんは慌てました。めんどくさい彼氏になりたくない、と顔ごと名前ちゃんから逸らし、涙が零れないように我慢です。しかし、そんな姿を見て名前ちゃんが不思議がらないわけがありません。ずいっと高橋さんに近づくと両手で高橋さんの顔を掴み、自分の方へ向けます。

「浩汰、隠すの下手くそなんだから言いなさい」
「っ、う」
「う、じゃない、何があったか聞いてるの」

大好きな名前ちゃんの顔を見ていると涙は止まらなくなりました。こんなに可愛くて大好きで、誰にも取られなくないのに、俺だけなのかな。高橋さんはぼろぼろ涙を流し、大きな体には不釣合いな光景に名前ちゃんはちょっと笑ってしまいそうです。

「ゆっくりでいいから、教えて」
「名前…っ、おれの、こと、すき…?」

高橋さんはうるうるなおめめで名前ちゃんを見つめました。名前ちゃんは突然の言葉に驚き、ぼんっと爆発するように顔を赤らめます。それから高橋さんの顔から手を離し、ぱくぱくと口を開きました。

「な、なんでそんな、ばっ、ばかじゃないのっ」
「だめ、離れないで…、」

高橋さんは自分から体を離そうとする名前ちゃんの手首を掴み、名前ちゃんの腰へ腕を回します。あっという間に拘束されてしまった名前ちゃんは何が何だか分かりません。浩汰どうしちゃったの、と混乱しながら顔をさらに熱くさせています。

「なに、ち、ちょっと、せつめい、して」
「名前、すき…っ」

高橋さんは泣きながら名前ちゃんに愛を伝えます。訳がわからない名前ちゃんは不覚にもときめいてしまって、どうしていいのか分かりません。泣くほどのことですから何かがあったでしょうが見当もつきませんし、困ったものです。名前ちゃんは高橋さんに抱きつきました。

「どうしたの浩汰、わたしも好きだよ、落ち着いて?ね?」
「好き…?」
「当たり前でしょ、ばか。毎日一緒にいるのに」

名前ちゃんはドスッと高橋さんの背中を叩くと、うっと低い声と共に高橋さんも強く名前ちゃんを抱き締めます。強く、苦しいほどの力でしたが、その圧迫感が焦りを感じさせ、心地好くも感じました。

「おれ…、じつはさっき、名前に来てたLINE見ちゃって…」
「らいん…?」
「うん。火曜日って何のことか考えてたら、名前可愛いし、モテるし、浮気されてても、しかたないって…、っ」

思い出し泣きでしょうか、高橋さんは一瞬おさまったと思われた涙をまた零し始め、ふるふる名前ちゃんの腕の中で肩を震わせます。ちょっと待って、話が見えない、と名前ちゃんは自分のスマホを手に取ると、人差し指でさっさっと操作しました。

「ねえ、これのどこが浮気なわけ…」

それから、名前ちゃんは高橋さんに画面を向けました。そこには会話が映し出されています。高橋さんはじっと画面を見つめ、そして少しずつ口角を上げていきました。

「連絡、網…?」
「そう。火曜日は前に配られたプリントを絶対持ってくること、って連絡しただけ」
「な、んだ…」

高橋さんの顔は笑顔が広がっていました。何とも幸せそうな顔ですが、名前ちゃんにとってはとても迷惑なお話です。名前ちゃんは高橋さんを睨んでいました。

「良かったあ、俺の勘違いだった!」
「それは良かったですね、ところで私はそんなに浮気性に見えるんですか?」
「ご、ごめん、謝るから敬語はやめて…!」
「許してあげない」

名前ちゃんはぷくーっとほっぺを膨らませます。か、かわいい…と言葉が口から出そうになるのを高橋さんは必死に堪えました。名前ちゃんが怒っているときに変なことを言うとますます怒ってしまうからです。高橋さんは名前ちゃんの顔を覗き込みながら必死に謝りました。

「ね、ごめん、許して?俺名前のことが大好きだから不安になっただけなの、ごめんね?もう疑わないから、許してほしいな、ね?だめ?」

高橋さんの熱意が届いたようで、名前ちゃんはふんっと顔を逸らしながら高橋さんに背を向けてこう言いました。

「勉強してる間、邪魔しない程度に後ろでぎゅうしててくれたら、許す」

名前ちゃんは口を尖らせながらちろちろ視線を泳がせています。とても恥ずかしいのでしょう、いやなら別にいいけど、と添えながら高橋さんの反応を窺いながら顔を真っ赤にしていました。高橋さんはきゅううううんと胸を鳴らし、勢いよく名前ちゃんに抱きつきます。

「ほんとにかわいい!だいすき!」
「わ、わかったから耳元でおっきい声出さないで!」

にこにこしている高橋さんはもちろん、高橋さんに見せないようにそっとはにかんでいる名前ちゃんもとっても幸せそうでした。


END
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大変お待たせ致しました、ちゅぢゅさんへ。オチがつけられませんでしたがヘタレを強めに書かせていただきました。今後ともよろしくお願いします。リクエストありがとうございました。
20140626
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