暑い夏の夜のこと。俺はたまたま通りかかっただけだけど、ある部屋からコソコソと小声で誰かが話しているのが聞こえた。その声は2、3人というわけではなく、複数人によるものだった。特に灯りが漏れているわけでもなく、真っ暗な中こんなコソコソされたら気になるでしょ。俺はこっそり部屋を覗いた。
「そしたらね、そこに、立ってたんだよ―――…」
主がよく乱ちゃん乱ちゃんって可愛がっている奴がいつもより明らかワントーン低い声で輪の中で言葉を吐き出していた。部屋の中の雰囲気はそれは異様で、短刀達が身を寄せ合い息を飲んでいる。その輪の中に一人だけ頭が出ているひとがいた。
「あ、主…」
そこには見覚えのある、俺の大好きな主の姿。思わず身を乗り出すと、カタンと音を立てて襖が擦れる。その瞬間、輪を作っていた全員が一斉にこちらを振り向いた。
「「ギャアアアアアアアア!!!!!!!!」」
本丸全体が揺れた、そんな感覚になるくらいの大合唱に俺は何が何だか分からずに、ただ主に苦笑いを向けた。
(( なんてね ))「本当にこわかったんだからぁ…っ」
主はぐすぐすとベソをかきながら俺の隣を歩く。いつもの威厳は全くなく、心底恐怖に怯えていたことがすぐに伝わってきた。どうやら一期一振が長期の遠征に出て行ったことを良いことに、短刀達が集まって怪談話をしていたらしい。初めは大盛り上がりの短刀達を注意しに行ったのにあまりにも引き込まれる内容だったから怖いもの見たさが勝り最後まで居座ったそう。本当にこの主は馬鹿で可愛いなあって思うけどさ。
「怖いなら聞かなきゃ良かったでしょ。これから眠れなくなったらどうするの」
「う…」
「厠も一人で行くんだよ」
「や、やだあ…」
俺の言葉に再び愚図りだす主。いじめたくなっちゃうっていうか、なんていうか。
「清光、明日は非番だよね…?」
主は俺を見上げて首を傾げるけど、そんなこと聞かれたらちょっと期待しちゃうよ、俺?
「うんそうだけど」
「朝まで一緒に、いてくれないかな…」
可愛らしく俺の袖を摘んで主はずるいことを言い出す。俺の気持ち、知っててこういうこと言ってんのかなあ。それとも、もしかして甘えてる?何でもいいけど俺って近侍だけあって結構頼られてんだなあ。思わず口角が上がりそうになるのをぐっと堪えて、俺は主の頭に手を置いた。
「うん、いいよ」
主の部屋はもうすぐそこ。夜に入ったことなんてないからちょっと、いやかなりどきどきする。主は俺の袖を引いたまま部屋まで俺を連れて行った。緊張するけど、きっと主のことだからそういうことは考えてないだろうし、朝までこうして一緒にいるだけだよね。それでも俺にとっては十分すぎるくらい幸せなんだけど。
「…、」
部屋に入ると緊張で沈黙になっていく。言葉を探そうと主を見ると、どうやら少し眠たそうな顔。ごしごし目を擦ってぼうっと布団を眺めていた。
「眠たいなら寝たら?」
「ばか、あんなの聞いちゃった後にすんなり寝れるわけないでしょ…」
「でも眠そうな顔してる」
「眠気はあるけど、まだこわいよ…」
主は話を思い出したかのようにぶるっと体を震わせると自分を抱きしめるようにうずくまる。
「俺が手ぇ握っててあげる。だから横になりなよ」
俺がそう言うと主は少しほっとしたような表情をした。いつもみたいに柔らかい笑顔。それにちょっとどきっとしながらも、おずおずと布団に移動する主の後を追い、横になった主の手を握ってやった。
「なんだか子供みたい」
「全く、世話が焼けるよねー」
こんな言い方したけど本当はすごく嬉しくて、繋いだ手があったかくて、ずっとこのままこうしてたいな、なんて思う。主も同じ気持ちならいいなって思いながら、クスッと笑った主を見つめた。
「ふふ」
「どうしたの?」
「ううん、この前こうして寝たの、思い出しちゃって」
「え、…?」
この前?俺とこうして寝るのは今日が初めてだし、俺以外にも甘えてるの?
心の中に黒い感情がぽつりと落ちてきて、それがじわりじわり広がっていく。俺、今絶対嫌な顔してる。わかるのに、やめられない。
「こ、この前って…?」
声が震えるのに主は全然気づかないみたいで、楽しそうに笑った。
「この前五虎退ちゃんが怖い夢見ちゃった〜って泣いててね。精一杯慰めようと思ってたんだけどわたしが眠たくなってきちゃって、ここに連れてきてこうして一緒に寝たんだ。子供みたいで可愛いなあって思ってたけど、今のわたしも格好がつかないくらい情けなくてちょっと笑えちゃう」
ズキリ。さっきの黒い感情が俺の心を染め上げていくのが分かった。黒が広がりすぎて、この話、聞きたくなかった。
「そう、なんだー」
絶対笑えてないような口元が引き攣った顔を主に見せた。甘えられてるなんてはしゃいじゃって馬鹿みたいだったな、俺。頼られてるなんてとんでもない。誰でも良かったんじゃん。こうして主と一緒にいられるのは俺だけだと思ってたのに、なんだ、俺、異性としてすら見られてないんじゃん。五虎退と一緒なんじゃん。やだ。そんなの、ひどいよ、俺の気持ちは本当に分かってないの?
「主って、誰とでもこういうことするわけ?」
責めたいんじゃないし責めたところで何もならない。そもそも俺に責める権利はない。分かってても口が勝手に動いた。教えてほしい、聞きたい、でも聞きたくない、傷つきたくない。握った手にぎりっと力が入る。主がぽかんとこっちを見てるのが分かった。あ、主困ってる。俺がこんなこと言うから、俺のせいで困ってる。
「きよ、みつ…?」
主の困った声で完全にしまったと思った。清光は物分りのいい子だねっていつも褒めてもらえるのに、今日はこんなに困らせちゃって、これじゃあ嫌われちゃうかもしれない。そう思ったら途端に怖くなって、思わず主の手を離した。主は相変わらず困ったように俺の顔を窺う。離した手が、寂しい。
「ごめん、変なこと言っちゃった!気にしないで」
「清光…?」
「ほら、もう寝なよ。俺ずっとここにいてあげるからさ」
「う、うん…」
主は俺の言葉の意味がイマイチ理解できないようで俺の様子をチラチラ窺うけど、目が合わせられなかった。変なことを口走る前に寝てほしい。
「清光」
「…、なあに」
「上手く伝えられないけど、わたしは清光と一緒だと安心するの。だから誰とでもってわけじゃないよ。清光のことを頼りにしてるから」
主は俺の機嫌をとろうとしてくれたのか、空気を変えるように俺に笑顔を向けてきた。
「なんだろう、仲良しのお友達って感じなのかもね」
でもその言葉は俺の心をますます抉った。お友達、ね。理解はしたけど受け入れたくない言葉。主って本当に馬鹿で可愛いけど、残酷。
「そっか、俺も主のこと大好きだからそう思ってもらえて嬉しいよ」
俺にできる精一杯の作り笑いでそう告げた。主は満足そうに微笑んで小さくおやすみと呟いた。すっと長い睫毛が伏せられる。それをじっと見つめていると、何だか喉の奥が締め付けられるような感覚に陥った。
「ただ、もう少し気をつけなよね。俺も一応男なんだし」
悔しくてぼそっと言葉を落とすと、主は驚いたように目を開けた。まんまるくて可愛い目をぱちくり。俺は目を細めてにっこり笑い、主の頭を優しく撫でる。
「なんてね、」
END
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久しぶりのリハビリをそっと置いておきます。とうらぶすごくハマっています。最近始めたばかりなのでいろいろ教えてください。名前様、お付き合いありがとうございました。
20150726
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