チュンチュンと爽やかな鳴き声が聞こえてくる。朝を告げるその鳴き声を合図にわたしは素直に目を開けた。日差しが眩しく、珍しく日が出るまで眠ってしまっていたのだな、とぼんやりと思いながら体を動かした。手が何かにぶつかる。横に何かを置いて眠っていた記憶がないのでわたしは不思議に思いながらも布団を捲くり、手に当たったものを確かめた。




(( 愛い心 ))




「こりゃ驚いた」

驚いたのはこっちだ。
わたしの部屋に、というかわたしの布団の中に鶴丸がいた。昨日は普通に寝ただけであり特に変わった様子はなかったはずなのに、どうしてこうなったのか、鶴丸が隣に寝ていたのだ。幸いお互い真っ裸というわけではなかったので安心したのも束の間、衣服が少々乱れていて嫌な予感がする。

「な、なんで、」
「御早う主。こいつぁ主の企みか?」

鶴丸も何も知らないようだった。わなわなと唇を震わせることしかできないわたしを特に気遣うわけでもなく、鶴丸は掛かっている布団を引き剥がして起き上がる。やはり鶴丸の衣服も乱れていた。

「主…、ひょっとして…」
「うるさいっ」

最悪な事態しか考えられなかった。鶴丸と恋仲というわけでもなく、それ以前に恋愛感情を抱いていたわけでもない。わたしは乱れた服を直しながら起き上がる。

「どうしてこうなったか覚えてないの?」

卑怯だと思ったがこういう聞き方しか出来なかった。わたしは何もしていない。となれば鶴丸が何かしたに違いない。思い出してもらうまではこの怒りはおさまらない。

「えっ」

鶴丸は短く言葉を吐いたと思えば頭を抱えて黙り込んでしまった。うーんうーんと考えている鶴丸も本当は何もしていないのかもしれない。わたし達は何もなかったのかもしれない。そう思いたかったが、鶴丸の顔が、何だか赤い。

「…鶴丸」
「な、なんだ」
「何隠してるの?」

静かに問うと鶴丸の顔が先程にも増してぼぼっと染まった。なかなか可愛らしい反応だが笑えない。返答次第では許せもしない。

「か、隠していたわけじゃない!俺はアピールしていただろ!」
「何の話をしてるの?」
「そうやっていつも解らない振りをするんだ」

話が読めない。しかし鶴丸は何か知っている様子だった。深く溜め息を吐いて見せ、鶴丸を睨み付ける。

「とにかく話して。何故こんなことをしたの?」
「待て主、悪いがそこまでは覚えていない。俺が解るのはもしそうなるとしたらの理由までだ」
「理由があるなら何故こうなったかも直ぐに分かるでしょ」
「ち、違う、俺が懸想人に乱暴をするわけないだろ!」
「けそうびと?」

難しい言葉を使われて首を傾げる。鶴丸の顔はさらに赤く染まってしまった。わたしに聞き返されたことでハッと気づいた様子で口を噤む。非常に怪しい。

「けそうびとって何?」
「だ、だからそれは…!」

鶴丸はわたしの目を見なかった。気恥ずかしそうにわたしから顔を背け、乱れた衣服を直している。僅かに沈黙が続くがわたしは気が長くはない。苛々と舌打ちをすると、鶴丸は観念したかのように頭を下げた。

「主のことを好いているんだ」

下げられた顔はどんな表情をしているか見えず何も読み取ることができない。しかしはっきりと告白をされてしまった、ように聞こえた。わたしは急に焦ってくる。鶴丸がわたしを好きで、だからこんなことを?全く気づかなかった。

「それで、わたしを…?」

わたしの声は震えていたのか、鶴丸がやっと顔を上げた。いつも余裕綽々な表情の彼がここまで動揺しているのは初めて見る。鶴丸は少し荒くわたしの手を握った。

「そいつは違う!さっきも言っただろ、俺は主を大切にしているんだ!」
「じゃあ、何でわたしの布団で寝ていたの?」
「それは解らない…すまない…」

握られた手が熱くなる。じんわりと汗で湿っているのはわたしの手なのか鶴丸の手なのか分からなかった。今まで全く意識してこなかった為に急に好きだと言われても困るが、不思議と嫌ではなかった。鶴丸がそっと手を離した。熱かったそこへ空気が触れ、少し涼しいような寂しいような気がする。

「主が俺のこと何とも思っていないのは知っている、気にしないでくれ。だからと言ってヤケになって乱暴なんかしない。俺は信用できないか?」

鶴丸の目が寂しそうに揺れた。

「鶴丸のことは信用しているけど、こんな状況になってる以上、どうしたらいいか分からないよ…」
「すまない…」
「鶴丸が悪いわけじゃないと思うけど、正直困ってるの。何もなかったように過ごせば1番いいんだろうけど、」
「主」

鶴丸はわたしの言葉を遮り、再びわたしの手を握った。今度は優しく、それでもしっかりと握られる。また熱い彼の手に包まれて思わず心臓が跳ねた。

「俺の言葉を、なかったことにするのか?」

鶴丸は真剣な表情であった。蜂蜜色の目が相変わらず寂しそうに揺れている。泣きそうなわけではないのだろうが、兎に角とても寂しそうなのだ。

「鶴丸…ごめんなさい」
「俺を拒絶しないでくれ…」

鶴丸はわたしに頭を下げなから手だけは離さなかった。熱い。自分の体温がぐんと上がっていくのを感じた。わたしの心臓は落ち着きがなく暴れていて、そういえばわたしは男性経験が全くないことに気付かされた。初めての温もりに戸惑うことしかできない。

「鶴丸…、わたし、」

握られていない方の手を鶴丸の手へ重ねると、鶴丸の手は燃えそうなほど熱を放っていた。少々骨張った感触が自分とまた違い、わたしは自分でもどうしていいのか分からずに鶴丸を見る。と、背後で人影が動いている。

「…?」

鶴丸は頭を下げているので気付かないだろうが、鶴丸の背後には「ドッキリ大成功」の看板を出すに出せずチラチラと気まずそうにこちらを見ている本丸の皆が立っていた。思わず怒りで体が震える。

「あんた達ねえ…っ」

わたしは鶴丸の手を振り払うと、鶴丸の背後へ睨みをきかせて歩みを進める。鶴丸はワンテンポ遅れてやっと状況を理解したようであった。ぽかんと口を開けている。

「なぁにがドッキリ大成功よ!」
「ははは、よきかなよきかな」

びくびくしている短刀を他所に三日月の高笑いが聞こえた。全く勘に障る奴だ。明日から当分内番を押し付けてやろうと三日月に掴みかかろうとするが、わたしのその手を横からそっと掴んできた者がいた。

「あるじ…っ」

切羽詰まったような声は鶴丸のものだった。皆が見ているにも関わらず、鶴丸はわたしの手を離さない。

「さっき、何て云おうとしたんだ…?」

鶴丸の赤にやられて、わたしまで顔が赤く染まった。そんなの自分でも分からないのに改めて訊かれると困ってしまう。わたしは鶴丸に何を云うつもりだったのか、想像しただけで恥ずかしい。

「うるさい!明日から1週間三日月と鶴丸は畑仕事だ!分かったら出てって!」

わたしの怒鳴りににやにやと笑みを浮かべ「相分かった」と返事をする三日月はそそくさと部屋を出ていき、それに連れてそろそろと皆が出ていった。独りになった部屋は静寂に包まれ、何だか何時にも増して寂しさで溢れている。鶴丸と何もなかったと分かり安心するはずなのに、何故こんなに心臓が煩いのか。わたしは考えることを止め、その場に座り込んだ。


END
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鶴丸へ日頃の仕返しをしようとドッキリをしたら意外といい雰囲気になってしまったお話です。唐突に照れた鶴丸を見たくなって書きました。まだカンストしていません。名前様、お付き合いありがとうございました。
20151003
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