長い睫毛が肌に影を落とす。僅かに聴こえる寝息がわたしの胸を弾ませた。普段柱にはなかなか会えないのだが、宇髄さんの長期任務に当たる場所がこの藤の家から近いらしく、先日全身を強打して打撲を負ったわたしは療養中たまにこうして宇髄さんを拝むことができるのだ。話したことは数回だけだけれど、柱と会話できること自体浮かれてしまうほどの体験だ。
そして、今日も。
話したことは数回だけでも、一方的に拝むことはもう少しだけある。宇髄さんは日の当たる部屋の縁側でうたた寝していることが多く、今日も例外なく片膝を立てながら座って目を閉じていた。鬼の出る夜間は任務に行ってしまうのだが、昼は稽古に励み、それからのこのお昼寝が日課のようだ。いつも通り眠っているのを確認しながらそろりそろりと近づいていく。嗚呼、なんて綺麗なひと。

「……、…」

すぅ、すぅ、と規則的な寝息が可愛らしい。風の流れる音の他何もない空間で、宇髄さんの寝顔を独占しているような気持ちになる。たまたま通りかかって宇髄さんの寝顔を拝んでしまったあの日から、わたしはこの寝顔の虜なのだ。
宇髄さんの長い髪が風に揺れ、こそこそと肌を擽っている。これはいけない。この寝顔を拝む時間を風なんかに邪魔されたくはない。宇髄さんが起きてしまえばこの関係は終わりで、もう二度とここで昼寝などしなくなってしまうだろう。一方的に寝顔を眺められることの気分の悪さは容易に想像ができるからだ。慌てて宇髄さんの横髪にそうっと触れ、優しい手つきで宇髄さんの耳に掛ける。これで風が吹いても肌を擽られることなく、且つ、この美しい顔も更に見やすくなった。愛おしい。ずっと眺めていたい。一方的に寄せる恋心はなかなか簡単に消えるものではないのだ。せめてわたしの体が癒えるまで、この関係を続けさせてほしかった。

翌日も、翌々日も、宇髄さんは変わらずそこでお昼寝をしていて、わたしはただそれを静かに眺め、たまに風に負ける横髪だけを払い除けて宇髄さんの寝顔を堪能していた。

風が絶えない日は続く。宇髄さんの綺麗なお顔を横髪が邪魔をして、それを宇髄さんが起きないようそっと耳に掛けるだけの日々を繰り返した。すぅ、すぅ、一定のリズムを繰り返す寝息が眠りの深さを物語る。柱として闘い続ける宇髄さんの無防備な姿が嬉しくて、今日もにやにやと口許を緩めてしまった。今日も好きです、宇髄さん。こんなに近くにいるのに言葉を交わせないままの関係で、それでもいいとさえ思っている自分に呆れてしまう。だって宇髄さんの寝顔がこんなにもわたしを満たしてくれるのだから。

「あっ……」

つい声が漏れてしまい、ハッと自分の口を手で覆うが、それでも宇髄さんは起きなかった。すぅ、すぅ。その美しい寝顔へ一枚の花びらが舞ってきたのだ。ひらりひらりと舞った先は宇髄さんの唇で、声を漏らさずにはいられなかった。これも取ってあげなくては、でも、さすがに唇に触れて良いものか。突然心臓が暴れ出す。宇髄さんの形のいい薄めの唇。その唇へ、わたしの指が触れて、それで。

「───……」

花びらを退かしても、指は退かせないまま固まってしまう。ぷっくりとした柔らかな唇が無防備にわたしを誘うのだ。寝顔なのに、この色気、このフェロモン、この魅惑的な唇から指を退かせない。願うことならこのまま唇を重ねたい。心臓が激しく暴れる。宇髄さんがよく言う、ド派手な音だ。嗚呼、嗚呼、寝ている柱へ何と無礼なことか。親指でするりと唇を撫で上げると、慌てて体を起こして距離を取る。彼の美しさに、自分の理性のなさに、この先の展開に、びっくりした。柔らかな感触がまだ指に残っている。愛おしい彼の温もりが。

「……仕舞いか?」

穏やかな低音。今度こそ心臓が口から飛び出てしまった。驚きのあまり言葉を出せないまま固まっているわたしへ、何と宇髄さんが片目をそろりと開いたのだ。これ以上なく目を見開いているわたしをにやりと笑い、宇髄さんは漸く体を起こして伸びをして見せる。わたしは遂に、遂に殺されるのだ。

「もっ、も、申し訳ございません音柱様、わたしはとんでもないことを……っ」
「とんでもないことって何のことだ?」

直ちに頭を下げるが、宇髄さんは愉しそうにわたしを見下ろす。これはどういう感情なのだろうか、もしかしたら相当怒っているのかもしれない。そもそもそこまで接点がない為にどんな怒り方をするのかも解らないのだ。ひたすらに頭を下げ続ける。

「音柱様の唇に触れてしまったことです……」
「……へえ。それじゃ毎日俺の髪に触れるのはとんでもないことじゃねえのか?」
「!!!」

一気に血の気が引いていくのが解った。あの一定の寝息は、一瞬たりとも動かない瞼は、深い眠りの為などではなく眠ったふりだったということだ。愚かにもそれを愛らしいとさえ思ってべたべたと触れていた自分が恥ずかしい。取り返しのつかないことをしてしまった。

「切……腹を……」
「いや、不快なら初めから止めてる。お前俺に惚れてんだろ?」
「えっ……?」

パッと顔を上げると、先程と変わらずにやにやとわたしをからかう宇髄さんの顔。わたしの好意はいつからバレていたのだろうか。宇髄さんの寝顔を一方的に眺め、一方的に慕い、そして触れたくなってしまう下心にいつから気付かれていたのだろう。恥ずかしくて視線が揺れる。そんなわたしの顎を引っ掴み、宇髄さんは少しだけ目を細めた。

「言えよ、ほら、それで仕舞いじゃあねーだろ?」
「わ、わたしは……っ」

上手く、息が吸い込めない。この綺麗な顔を前にすると言葉すらも自由にならない。いつもは閉じていた目が、今はわたしを捉えている。顔が熱い。そして近い。好きだ。恥ずかしい。それから。

「…………、……え?」

一瞬だけ重なる唇。
驚いて固まるわたしを見て、宇髄さんはまた愉しそうに微笑んだ。その笑顔の意味は、この行為の意味は。

「ほら次はお前だ。言ってみろ」

嗚呼、宇髄天元様。恐れ多くもお慕いしております。
ただそう口にするだけなのに、わたしの目からはぼろぼろと涙が溢れ出た。

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告白のお手伝いをしてくれる宇髄さん。忍なので眠り浅そうですよね。
20190913
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