>> メローネ / あき様 (hp)chocolateはお好き? <<私は仕事のお昼休憩の時には、必ずバールでパニーニとコーヒーを頼む。かなり前からの習慣で、これがないと午後の仕事に張り合いがなくなってしまう程だ。
ところが最近そこで妙な事が起きた。
その日もいつものように、バールのテラス席でパニーニを頬張りながらコーヒーを飲んでいた。空は晴天。気温も心地よくとても気持ちの良い日だった。
街を行き交う人々もそこそこいるが気になる程の混雑ではない。
街行く人々を眺めたり、読書などをしてのんびり過ごす。いつもと変わらない時間のはずだった。
ふと、目に留まった人がいた。その人も私を見たので目がバッチリ合ってしまった。
「チャオ!」
そしてその人は私に突然声をかけてきた。よく見ると金髪で露出の多い派手な服装の男性だ。顔には目の部分の空いたマスク?のようなものをしている。明らかに怪しげなその男性は、軽く挨拶をしてきた後に勝手に目の前の席に座ってきたのだ。
恐らくナンパか何かなのだろうが、その見た目のインパクトに言葉が出ず、まじまじと見てしまった。目に留まった時も思ったが、その人はとても整った顔立ちをしていて、睫毛も長く綺麗だ。こういう人を美青年、と呼ぶのかもしれない。
「俺の顔に何か付いてる?」
「いえ、、付いてないです…」
「良かったらご一緒しても良いかな?ここのコーヒーは俺も気に入ってるんだ」
なんて言いながらごく自然にウェイターに注文なんかしている。完全に相手のペースに飲まれてしまっている。
「あの、私そろそろ…」
「そんな事言わずに、もう少し俺に付き合ってくれてもいいだろう?少しの時間だから。どうせまだ昼休みの時間だろう?」
「いや、そうですけど…」
断れない性格が災いしたのか、なんだかんだ言いつつも彼が食べ終わるまでの間待つ事になってしまった。
彼に見つめられながらパニーニの残りを食べるが、どうにも味がよく分からなくなってしまった。なぜこんな事になったのか。平和だったはずの私の昼休みが…。
それから、私の方はもう少しでコーヒーも飲み終わる頃になり、ようやく彼の所にも食事が運ばれてきた。どんなに彼が早食いだったとしてもまだまだ時間がかかりそうだ。
昼休みは長いが、やはり仕事の事も気にかかる。その事を伝えようと思い口を開いた。
「あの、そ「ああ!そうそう。自己紹介がまだだったな。俺の名はメローネ。呼び捨てしてくれて構わない。君は?」
せっかく喋りかけたがタイミング悪くというか、まるで狙っていたかのように私の言葉は遮られてしまった。
しかし、メローネだなんてまるでメロンみたいな名前だ…見た目とギャップがありすぎる…。
「私の名前は…名前」
「そうか名前か…ん〜〜〜ディモールト可愛い名前だね」
ドキン。そんなこと普段言われ慣れてないせいか、このような美形の人に言われたせいか、不覚にも私の心臓はそんな音をさせ跳ねた。
その後は、色々と質問される形で他愛もない話をし、意外にもあっという間に時間が過ぎて行った。
「私、そろそろ仕事に戻らないと…」
「ああ、今日は俺に付き合ってくれてありがとう。はい、これ俺の連絡先ね」
そう言って小さな紙切れを渡される。
「じゃあ、Buona giornata!」
ー素敵な一日を!ー
そう言ってメローネは去って行った。
もちろんその紙にはメローネの連絡先であろう番号とアドレスが書かれていた。
ナンパなんて本気にしてはいけないという気持ちと、どこか気になってしまう気持ちと両方で、その日の夜はなかなか眠れず結局連絡も出来ずじまいだった。
次の日も昼休みになるといつものバールへ行った。
正直またあの人が通りを通りかかるんじゃないかとか、連絡をしなかったことをなんて言い訳しようかとかそんな事を考えていた。
すると、いつも座る席には見覚えのある姿が見えた。
「チャオ!今日も会えたね。待ってたんだ」
ニコニコと、まるで恋人との待ち合わせをしていたかのような振る舞いだ。その純粋そうに笑う笑顔につい見惚れてしまう。
「少年みたい…」
「ん?何か言った?」
「い、いや何でもない!」
心の声が漏れてしまったことに動揺して慌てて否定した。少年みたいな笑顔に見惚れてました、なんてそんな事が知られたら恥ずかしい事極まりない。ただただナンパしてきただけの人なのだから。
いつものようにパニーニとコーヒーを注文する。メローネも同じ物を注文するらしい。
まさか今日も一緒に昼食をとることになるとは、思いもよらなかったといえば少し嘘になるかもしれない。
「今日は連絡してくれよ?」
パニーニとコーヒー代を出してくれたメローネは去り際にそんな言葉を残して行った。
私はその日の夜お礼を伝えるため、と自分に理由を付けてメローネに一言メールを送った。
返信はすぐに来た。
<連絡、そして楽しい時間をありがとう。俺の“ガッティーナ”>
この内容を見た私は、やはり遊ばれているのではと思い、本気にしないよう自身の胸の内に釘を刺した。
* * * その後も昼休みはバールでメローネと過ごすという生活が続いた。この奇妙な生活が始まってから、恐らく2週間程経ったと思う。私は段々と、この2人で過ごす時間に慣れつつあった。
大抵メローネがバールで私を待っていて、後から私が合流する、というパターンだ。
ようやく午前の仕事が終わり、昼休みだ。今日もいつものようにバールへ向かう。
テラス席が見えてきて、いつもの席へ向かう。ここでいつもならチャオ!なんてニコニコしながら声をかけてくるメローネがいるはずなのだが…今日はまだ来ていないみたいだ。
とりあえず席に座り注文をする。その間もチラチラと通りを行く人の中に、メローネがいるのではないかと探してしまう。
注文したパニーニとコーヒーが運ばれてきたが、メローネが気になって思うように食も進まない。
ボーッとしながら待ってみるも、やはりメローネは現れなかった。
仕事が忙しいのだろうとは思ったが、ここ最近毎日一緒に過ごしていたせいで、それが当たり前のような生活になっていた私は、頭の中でメローネのことばかり考えていた。どうしてこんなに頭から離れないのか、どうしたら心のモヤモヤした物が取れるのか今の私には分からなかった。
昼食を終えた私は仕方なく仕事場へと向かって歩き始めた。
恐らく下を向いて歩いていたのだろう。
ふと気付くと目の前にメローネがいたので驚いてしまった。
「メローネ…!?今日バールにいなかったからどうしたのかと…何かあったのかと思っちゃった…」
「へぇ。そんなに俺がいなくて寂しかった?」
にやりと笑うメローネに、なんだかこんなにメローネの事を考えて私は何をやっていたんだという気持ちが溢れてきた。
「寂しくなんてない。もう仕事戻らないといけないから行くね」
何故か素っ気ない態度をとってしまう自分がいた。こんなんじゃ拗ねてるみたいだ。
「あ、おい!」
呼び止められて振り返った瞬間、手を引かれメローネの方へと引き寄せられた。私の顔に温かい手が添えられ、その端正な顔が近付いてくる。
あっ、と思っている間に私はキスをされていた。
一瞬で自分の顔が赤くなるのを感じる。
「な、んでこんな事…」
「俺の事好きなんだろう?」
「そ、それは勘違いだよ…今までそんな事考えた事もないし…ナンパの言葉なんて本気にしたら痛い目みると思ってるから…」
笑うと少年のような顔をしたメローネが、いきなりこんな事をするなんて、夢にも思わなかった私は慌ててそう言った。
「勘違い?勘違いさせたのは誰だっけ?」
そう言ってにやりと笑うメローネに、胸がどきりとするのを感じた。まるで私の胸の内を見透かされているみたいだ。
その目や表情は妖しげで、金髪のさらりとした髪が太陽に照らされて、更に魅力を感じさせる。少年のような笑顔で笑っていた時の純粋さは、今はカケラも感じられない。
「勘違いさせるような事は何も…」
「いつも俺に見惚れてるのはどこの誰だっけ?見られて気付かない程俺は鈍くない。それに、今日はずっと俺のこと探してたろう?頭の中は俺でいっぱいだったくせに。それもこれも全部勘違いか?」
にやりとしていたメローネが真剣な表情をして私の方を見た。
「俺だっていつも名前を見てたんだ」
真剣な表情のままメローネは言った。
「随分前から、あそこのバールで昼食をとっているのを知っていた。いつも穏やかな表情で読書をしたり、コーヒーを飲んだりしている姿を見ていたら、この人はどういう物を見て、そんなにも穏やかで綺麗な表情をするのかって気になりだしたんだ。それでずっと話すきっかけを伺ってた」
「うそ…」
「嘘なんかじゃあない。声をかけてから、もっと名前について知りたくなって…俺は今まで経験した事のない感情がある事を知ったんだ」
「経験した事のない感情…?」
「好きって気持ちだ」
それを聞いた私は、驚きや喜び、半信半疑な気持ちがない交ぜになって心の中が混乱したが、自分の中で無意識のうちに蓋をしていた気持ちが溢れ出てくるのを感じた。メローネの告白に自分の気持ちに正直になろうと思える安心感があった。
「勘違いなんかじゃ、ない。今まで気付かないフリをしていたけど、私もメローネの事が好き」
そう言った私に、メローネは優しく笑いかけ、それからぎゅっと抱きしめた。
今日もまた穏やかな心地の良い日だった。これからもそれは変わらないだろう。メローネと一緒なら。
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