当然のように、彼は怒っていた。叱ることはあっても怒ることは滅多にない彼がわたしに感情を隠さない。ハンドルを握る彼の唇は固く結ばれ、一言たりとも言葉が出てくることはないのだ。目が合わない彼に、重苦しい空気に、取り返しのつかないことをしてしまったのだと今更ながら焦ってくる。
「ブチャラティ、ごめんなさい…」
やはり彼はわたしに視線も寄越さなかったし、言葉が返ってくることもなかった。

彼は招いてもないのにわたしの部屋までついてきた。監視の為なのだろうか。部屋に入るところまで見張らなくても彼が帰った後にプロシュートと会うなんてことしないのに。
「送ってくれてどうもありがとう。今夜はもう休むわ。それじゃあ…」
そう言っているのに彼はわたしから離れる気配がない。それどころか、部屋に入るわたしに続きドアを押さえて自分まで入ってくるのだ。驚いて言葉を失うわたしに構わず、玄関の鍵を掛ける。
「シャワーを浴びてこい」
「えっ?」
「それとも、いつもは洗ってもらうのか? 俺はどっちでも構わないぜ」
話が読めない。無表情でわたしを見下ろす彼は、確かに怒っているのだ。しかし、だからといってそれはセックスにも結び付かない。
「ど、どうして…? 何を言ってるのよ、ブチャラティ…?」
「…」
彼はまた口を噤む。困惑するわたしを強引に抱き上げ、そのままずかずかと部屋に上がり込んだ。真っ直ぐに寝室に向かい、行儀悪く足でドアを開ける彼はいつもとやはり少しずつ違う。眉間に刻まれる皺も、普段よりきつい口調も、説明なく行われる行為も、わたしを押さえ付ける力も、全てがわたしへ向かう怒りから来るものだ。ベッドに押し倒されてもまだ状況が把握できないわたしは目を見開きながら彼を見上げることしかできない。彼はこの何年間も、ずっとわたしの保護者であり続けてきたのだから。
「怒っているなら謝るわ、ごめんなさい…、でも、どうしてこんなことを…」
「怒っている? 違うな、そんな可愛らしい感情じゃあない。男の嫉妬ってのはもっと激しくて恐ろしいもんだ」
言葉を失う。嫉妬ということは、彼は、ブチャラティは、わたしがプロシュートと寝ることを保護者としてではく“男として”快く思ってないのだとでも言うのだろうか。黙り込んでしまうわたしを見下ろし、彼は優しく唇を押し付けた。触れるだけの甘いキスは今の彼の感情には不釣り合いな気がする。唇を挟むようにもう一度、ちゅ、ちゅう、角度を付けて甘く繰り返された。吸い付かれるだけのキスなのに気持ちいい。わたしが体から力を抜いたのを見て彼は柔らかな舌で漸くわたしの唇をぺろりと舐める。応えるように口を開くと、彼の舌が口内に侵入した。
「ん、む…、」
ぬめる舌が口内を荒らす。ゆっくり優しく、味わうように。丁寧に舌先を絡め、唾液を混ぜ合い、愛撫を繰り返されると、腹の奥がもう疼いてくる。くちくちと籠る水音が一層劣情を掻き立てた。堪らず彼の首を抱き寄せるのだが、彼はわたしの身体には触れてこない。耳朶を指でなぞり、ただ舌を絡み合うだけ。先程まで向けていた怒りをぶつけてくれればいいのに、彼はじわりじわりとわたしに熱を孕ませていった。
「ぁ、ん…、ブチャラティ…」
焦れて彼を見上げても知らん顔だ。舌の裏まで丁寧に舐めて唾液を吸い上げる。擦れる舌の感触がぬるついていて力が入らない。じんわりと下着が濡れていくのを感じて彼を睨んだ。
「ブチャラティ、ねえ、はやく…、」
「……焦れれば他の男にも身体を委ねるのか?」
睨み返される。当たり前だがプロシュートと何度か寝ていると察しているようだ。その他の男はどうか解らないが、きっと今回の件でわたしを見る目が変わっただろう。はしたない女にしか見えないのだろうか。自業自得だが、実の親のように可愛がってくれた彼を失望させてしまったようで胸が痛い。
「ブチャラティ……、」
震える声で謝罪を重ねようとすると、それを遮るように彼の手が服の中へ入ってくる。一度も触れられたことのない肌を、今彼が優しく撫で上げるのだ。ぷつんと下着のホックを外され、一枚一枚丁寧に脱がされていく。露になった肌に唇を付け、彼のもどかしい愛撫はまだ続くようだ。胸の下を、腹を、谷間を、順番に這うようにキスを重ねていき、時折柔らかい舌で舐め回す。表面だけを触れるそれに徐々に肌が敏感になっていった。
「は、ぁ……っ」
遂にその唇が胸の先端へ届く頃には過敏に反応を示してしまうようになっている。舌で乳頭を撫でられるだけでびくんと腰が持ち上がってしまうのだ。いつもなら噛まれたり吸い上げられたりして性快感を得ているというのに、こんな微々たる刺激で身体を捩ってしまうなんて。
「おかしく、なりそう…っ」
半べそで彼にしがみつくと、刹那、胸を両手で挟み込まれ、歯を立てて突然強い刺激を与えられる。過剰なほどにびくりと跳ねた腰と連動するかのように膣内が攣縮し、どろりと濃厚な蜜が下着を汚した感覚だけを感じながら強張っていた身体から力を抜いていく。胸だけであっという間に絶頂を迎えてしまったわたしに構う様子もなく、彼はするりするりと胸を縁取るように掌で押し上げていった。
「こんなものじゃあないんだろうな」
「え…?」
とろりと瞼の重たい目をそちらに向けると、彼は一人傷付いたような目でわたしを見下ろしながらショーツを脱がそうと手を滑らせた。
「狂おしいほどの快楽というのはドラッグなしに味わえないのか? あのときの感覚を、俺は消してやれなかったか」
ドラッグを厭う彼は、わたしが快楽から抜けられないのだと思っているのだと、漸く理解する。彼はいつだってわたしに寄り添い、大事に、過剰な程の愛を注いでくれた。それこそ、こんなに過保護になってしまうまでに。彼なりにわたしに尽くしてきたのにわたしはあの頃の快楽を忘れられず、彼の言動が響かないまま男を貪っているのだと勘違いしているらしい。気持ちいいことは確かに好きだ、しかしドラッグが恋しいわけではない。それよりも彼がわたしを組織から外そうとしていることの方が堪えるし、その寂しさを埋める為に抱かれているというのに。わたしの意思を伝える前に彼はわたしの脚の間へと顔を埋める。すっかり男に愛されやすい身体へなっていたわたしは彼の熱い舌で撫でられた瞬間に思考が停止し、代わりに甘えるような喘ぎが止まなくなった。
(  )
×
- ナノ -