>>  花京院典明 / もち子様 (hp)苺飴。  <<



※生存院です。


 花京院くんはとても優しい。紳士的で穏やかなのに、ユーモアもあって。彼と居るととても落ち着くことが出来た、はずなのに。
 いつの間にか私は、彼を見ていると胸が痛くなるのだ。しかも彼が近くに来ると、全身の血液が沸騰しているんじゃあないかと思う程に体が熱くなって、それでいて魂が半分抜けているかのように指先や皮膚という皮膚の感覚がぼんやりとする。そうなると注意力散漫も良いところなので、彼の前で小さな失敗を繰り返しては、動揺を隠し切れていない自分が更に恥ずかしくなる。
 それでも花京院くんはそんな私の様子を気にせず、普通に接してくれるし、手伝ってくれたり、笑って流してくれたり。決して馬鹿にせず、過度な心配もしないでくれる彼に安心しながらも、私の様子の変化に気が付いてくれないことは寂しくも思う。私のこの気持ちは、恋だ。


「あれ、JOJOじゃない!?」
「ホント!JOJOよー!」


 家庭科の授業中、調理実習室ではスコーンが焼きあがるのを待つ間に、校庭で行われている体育の観戦が始まっていた。JOJOの名前が出たことで大多数が窓に張り付き、黄色い歓声を上げている。そんな中、私も友達と一緒に窓から校庭を見下ろした。隣にいる友達もJOJOがカッコイイだの何だのと騒いでいるけれど、私の視線はその隣に居る彼しか捉えることが出来なかった。腕を上げ、肩口で汗を拭う花京院くんはキラキラしていて。楽しそうに承太郎さんと話していると、数ヵ月前まで生死をさまよっていたとは思えなかった。
 あの旅で仲間だった私達は、今ではお友達としてたまに学校で話す程度。それでも、あの二人と、花京院くんと今でも関わっていられることが嬉しい。そう思うことも事実なのに、私はここで一人、ズキズキと痛む胸を抱えて彼らを見下ろしていた。同性だったならば、あんな風にずっと側に居られたんだろうか。


「JOJOの隣の彼、花京院くんも結構カッコイイよね」
「分かるー、優しそうだし結婚するならあーいうタイプが良さそう」
「えー、私はJOJO一筋よ」
「あっ、ズルい!」


 近くで交わされた会話が耳に入って、私の心臓は押し潰されてしまった。花京院くん、カッコイイもんなぁ。悲しいのか、誇らしいのかは分からないが、とにかく苦しくなって息を吐き出す。すると、こちらをチラリと見た花京院くんとバチリと目が合った気がして、さっき潰れてしまったかと思った心臓が大きく跳ねて存在を主張する。
 思わず胸を押さえていると、花京院くんがちょいちょいと承太郎さんのジャージを引っ張って何かを告げ、二人してこちらを向いた。その視線にも、左右から聞こえてくるもはや悲鳴のような歓声にもびっくりしていると、二人の背後では私にしか見えない人影が手を振っていた。悪戯っ子のように笑う二人に、一瞬ぽかんとしたものの、直ぐに私もスタンドで手を振る。いつの間にか私の胸の痛みは引いていた。





「あ、名前さん。もう帰ります?」
「わっ、うん、帰るよ」
「一緒に帰っても良いですか?承太郎はさっさと逃げちゃいまして」
「逃げ…?」


 放課後、鞄を持って教室を出ると、たまたま廊下を歩いていた花京院くんに呼び止められた。困ったように眉を寄せて笑う花京院くんを直視することも出来ず、心臓がバクバクと暴れ回って、今にも口から飛び出てしまいそうだった。自然と隣を歩き始める彼に、私は少し俯きながら歩くことしか出来なかった。


「今週どのクラスも調理実習があるじゃないですか。それで承太郎に渡したいって子がたくさん居るんです」
「あー、それで逃げてるんだ」
「スタンドまで使って逃走しているから、追い掛けるのも面倒で」


 時を止める能力をわざわざこんなところで使うなんて、と思わなくもないが、量が量だけに彼にとっては死活問題なのだろう。モテる男は違うな。と、考えて少し笑ってしまう。すると、花京院くんもふふ、と声を漏らして笑うので、釣られて横をチラリと見上げてしまった。真っ直ぐに前を向くその横顔が綺麗で、息を呑む。そんな私の視線に気付いたのか、花京院くんの視線がこちらに向けられた。しかし、それと同時に私はばっと顔を背けてしまったので、妙に気まずくなる。ぎゅっと鞄の持ち手を握ると後悔が押し寄せた。


「ちなみに、僕はまだ誰からも貰ってませんよ」
「え、意外」
「それは誉め言葉として受け取っておきますね」


 下駄箱で靴を履き替える為に一旦離れる。その隙に深呼吸をすると、暴れ回っている心臓を落ち着かせるように胸を軽くとんとんと叩く。落ち着け、落ち着け。そう言い聞かせている私に影が落ちる。首だけで振り向くと、不思議そうに首を傾げて私の顔を覗き込もうとしていた花京院くんが側に立っていて、その距離に、顔の綺麗さに驚いて指に引掛けていた靴が滑り落ちる。
 軽く跳ね返って反転するそれを私が拾うよりも先に、すらっとしているのに、大きくて節の浮き出た男らしさを滲ませる手が捕まえてしまう。そして、私の前にきちんと揃えてくれるので、私はまた慌ててしまうし、失敗してしまったことが恥ずかしくて堪らなくなってしまう。


「ごめんね、ありがとう」
「いいえ。名前さんの靴は小さいですね。僕のと全然違う」


 私が靴に足を入れると、横に立つ花京院くんが靴のサイズを比較するように並んだ。一回りも二回りも違う足のサイズに大人と子供みたいだとか、足の甲に名前さんが乗っちゃうんじゃないかとか。楽しそうに話す花京院くんに、私もくすくすと笑いながら靴を履く。落としてしまったことを深掘りしない彼の優しさが痛い。
 かかと部分を巻き込んでしまったので、直すために片足で立つ。普段ならばなんてことないのに、花京院くんの前だと妙な緊張感があって、バランスを崩して靴を履き直す前に両足を付いてしまう。


「どうぞ」


 さらりと手を掴まれて、そのまま彼の腕に私の手が乗せられる。もう自分でも分かる。恥ずかしさと緊張と彼のかっこよさで眩暈を覚える程、顔が熱い。もごもごと口の中で礼を言うと、彼の腕を掴ませてもらって、靴を履く。ぱっと手を離すと、花京院くんの顔を見上げることも出来ずに、やっぱり少し俯いたまま歩き出した。


「さっきの話ですが、名前さんは誰かにあげました?」
「へっ?あ、何を?」
「調理実習の、今回はスコーンでしたっけ?」
「あ、あぁ、私はお家に持って帰ろうかなーって」
「ふーん」


 沈黙が落ちる。誰かにあげていた方が話題が広がっただろうか、でも渡したい人なんていないし、しいて言えば花京院くんが貰ってくれたら良いなーなんて思うが、それだってなんだか不自然な気がするし。いつもなら気にならない沈黙に、居心地の悪さを感じてチラリと視線を向ける。すると、ばっちり目が合うので、ようやくじっと見られていたことに気が付く。そして彼は、にっこりといつもの様に目を細めて笑った。何かを企んでいる顔だ。


「もし良ければ名前さんが作ったのを貰いたいんですが」
「えっ、え!?」
「ダメですか?」
「そんなことないけど、私ので良いの?」
「名前さんのが良いです」


 そう話しながら、彼は逃さないとでも言うように私との距離を少し詰めて歩く。段々と腕が触れ合いそうな距離になって、私は慌てて鞄から袋に包まれたスコーンを取り出した。そんなに女子からスコーンが欲しかったのだろうか。受け取ると、さっきまでの企み顔とは違う、はにかむような笑顔を浮かべるので、私はドキドキしてしまう。


「ありがとうございます」
「花京院くんなら、色んな人から貰えそうなのに」
「…声は掛けて貰いましたけど、欲しかったのは名前さんのだけですから」


 また、目を細めた花京院くんが私を横目で射抜く。そんなの、するい。


「なんで、私の、なの?」


 彼が本心から友達だと呼べるのは承太郎さんと私だけだと以前聞いていた。聞いてしまっていたから、きっと友達だからこんなに優しくしてくれるんだと思わざるを得なかった。


「君が好きだから」


 その言葉で私はついに立ち止まると、口をぱくぱくと魚の様に開閉することしか出来なくなる。何を言って良いのか、何を言いたかったのか私にも分からなかった。
 花京院くんは私を振り返って微笑む。告白をしているはずなのに、こんなに穏やかな表情を浮かべられるなんて、本当に同い年なんだろうか。


「名前さんは?僕のことどう思ってます?」
「…ずるいと、思う」
「ふふ、ありがとう」


 そのまま後ろ向きに一歩下がる花京院くんを追い掛けるように隣に並んで歩く。何もなかったかのような空気なのに、私の頭の中ははちゃめちゃだった。しかし、混乱しているのは私だけなのだろう。


「結構特別扱いしていたつもりなんですが、気付いていませんでしたか」
「だって、お友達だからかと、」
「下心のない男なんていると思ってたんですか?」

 すると、ぐっと側頭部に手を添えられて引き寄せられる。近付いてしまった私のおでこにちゅっと軽く唇が触れて、驚いて見上げるとやっぱり企み顔の花京院くん。もう、からかわれているのか本気なのか、分からない。半べその私の手をするりと包むと、そのまま手を引かれて歩き出す。


「名前さんの気持ちは丸分かりでしたけどね」
「…ハイ」
「付き合って頂けませんか?」
「…はい」


 私の返事を聞くと、やっと軽く頬を染めて、幸せそうに笑う彼が愛おしい。愛おしさで胸が締め付けられて、苦しさの余り、はらはらと涙になって零れ落ちる。
 そんな私を見て困ったように、けれど嬉しそうに眉を下げて微笑む彼が、私の濡れた頬に唇を寄せる。彼が下心と称した優しさに甘える私も、下心を抱えているようだった。
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