>>  ミスタ / ネリ様 (tw)@neri_gori  <<



頬にジリジリと当たる日差しが痛い。
ゆっくり目を開けると、窓から射し込んだ夏日が直に当たっている。
まだ朝のくせに夏はなんでこんなに暑いのか…と、悪態をつきながら私は寝惚けた体を起こした。
ふと、腰になにか巻き付いている感覚に気づく。
ベッドの反対側、自分の真隣を見ると彼─ミスタが、私の腰に抱きついて寝ていた。
少しの物音じゃ起きないらしい。彼の短く切りそろえられた固い髪の毛を撫でながら、私は部屋を見渡す。
床に散乱した二人分の服、乱れたシーツ、サイドテーブルにおいてある小さな箱、それから。
…何も着ていない私達。
これだけ見れば誰でも「そういう関係の二人が、そういう事をした」と分かるだろう。
確かに、私は昨晩彼と一晩を共に…まあそういう事、をしたのだけれども。
私達は『恋人』でも、『一夜限りの関係』でもない。お互いに便利な、『都合の良い関係』なのだ。
いつからこんな関係になったのだろうか、と段々と高く昇る日を見る。
あぁ。確かあの日も、こんなふうに日差しが強い夏の日だった。


 * * * 



「おめー、初体験ってもう済ませたか?」
それは何の脈絡もなく、突然ミスタの口から出た言葉だった。
学校帰りの寄り道。溶けて手に垂れたジェラート。目の前ではしゃいで走る子供たち。公園のベンチに腰掛ける、私達2人。
それらを一つ一つ思い返すように、眺めるように。
同時に、彼の言った事を一文字ずつ噛みしめ、理解する。
「…は?」
長い時間かけた癖に、出てきた言葉は気の抜けた一言だ。
「お。その感じだとねェな。」
「ミ、ミ、ミスタ……!?な、なに……!?」
十代半ばの多感な女子に投げかけるような言葉では無いと、反論しようと思ったが上手く繋げない。
お察しの通り、なのだ。
「最近よぉ、周りのダチがいつヤッただとか、誰としたとか、そういう話し始めたんだよ。でも俺さ、そういうことしたことないからよォ。」
「…それを私に話してどうするのよ……。」
「いざっていうときに、『こいつ童貞なの!?』って思われるの嫌なんだよ。だからさ…」
顔を上げると、ミスタがじっと、私の目を見つめていた。まるでめぼしい獲物を捕らえたような、そんな表現が似合うような目で。
段々と顔が熱く感じるのは、日差しのせいなのか。それとも、彼に淡く抱いている恋心故なのか。
「俺と1回、シとかねェ?」

要するに私は馬鹿だった。
言われるまま、彼の誘いに乗って記念すべき『初めて』を捧げたのだ。
その時、沸騰したように熱くなった私は好いている彼に求められた事が嬉しくてホイホイと家までついて行ってしまった。
心の奥底では、「こんなことを言うくらいなのだから、きっと彼は私の事を好きなのだろう。」と思い。
その考えは、いざミスタの家に着いてから裏切られることになる。

「先に聞いとくけどよ、お前付き合ってるやつとか好きなやつ、いねェよな?」
「い、いない!」
自分から『好き』と言う自信が無かった。それに、彼の次の言葉を私は期待していた。が。
「そっか、俺もだわ!それなら面倒事も無いし、都合いいな!!」
そんな軽い一言だが、私は頭を殴られたような気持ちになった。
つい先程まで自分は特別扱いされているような気分になっていたのだが、それは全くの勘違いだったのだ。
彼は別に『初めてを捧げる相手』が誰でも良かったのだと、その時になって初めて知る。
いや、彼の場合は『捧げる』より、『捨てる』という表現のほうがきっと正しいだろう。

その後の記憶はあまり無い。ミスタの部屋の窓から見える夕焼けと、彼のぎこちない手つきだけがぼんやりと頭に残っている。

あれよあれよと事は進み、初めてのソレは終わった。
帰りは彼が家まで送ってくれた。一線を越えた私達の間には以前とは違う雰囲気が漂っていて、何だか気まずかった。
「ほら、お前んち着いたぞ。」
気付かないうちに自宅についていたらしい。
送ってくれてありがとう、と私は呟く。
「あんなこと、お前にしか頼めなかったからさ…その、ありがとうな。」
ミスタはそう言って、私の頭をポンポンと撫で回し、もと来た道を帰って行った。

彼に抱いていた思いは、破瓜の鈍い痛みと共に、私のお腹の奥底でぐるぐると渦巻いて沈んでしまった。


 * * * 



「で、また今日もアイツと寝たの!?」
大きな声で叫ばれ、周りの視線がこちらを向く。
「ここカフェだから!もう少し声抑えて…。」
あらごめんなさい、とトリッシュは口元を抑えた。
彼女は、ミスタ経由で知り合い、最近仲良くなったばかりだ。
彼の知り合いだったので、てっきり彼の事を好きなのかと思っていたがどうやら違うらしい。(もっと紳士的な人が良い、と彼女はよく語る。)
というのも、私と一線を越えた後から、ミスタは女遊びが激しくなった。
気に入った子を見掛ければどこでも声をかけてナンパするし、いつも違う子を連れて歩いている。
トリッシュにとっては、そんなミスタが固定で一緒にいる私のことが珍しかったようで。
それと同時に、私が彼に抱いている思いも見透かしたようだ。
流石に今でも続いている都合の良い関係については、話さなければ気づかなかったが。
私も今では彼女を信用し、こうしてたまに会って彼の事を相談する仲までになった。

「それじゃあ、この間あたしが貴方に紹介してあげた人はどうなったワケ?」
「また駄目になった…狙ってるのかっていうくらい、ミスタと遭遇する…。」
私をこの今の良くない状況から脱出させようと、先日トリッシュが知り合いの男の子を紹介してくれたのだ。
初めてのデート。ミスタとの中途半端な関係から脱出できるかもしれない第一歩。
しかし出かけて早々に、彼と遭遇してしまった。
「おっ、何やってんだよ男なんか連れてよォー。」
後ろから肩にガッツリ手を回され、動けなくなる。
「うわっ、ちょっとやめて!」
「こいつさ、めっちゃ手かかるからな!まあ頑張れよ!」
ミスタは隣にいた彼にそう声をかけて、私の頭を撫でて立ち去ってしまう。
その後のデートの雰囲気は最悪だった。
帰り際に、「男遊びしてるなら辞めたほうがいいよ」と言われるほど。

「本当に最悪!トリッシュに紹介してもらった人、これで全部全滅してるよ。」
「後つけられてるんじゃないか、っていうくらい酷いわね。」
「本当にそう…来てほしくないときに限ってミスタって…」
「俺がどうかしたか?」
突然背後から声をかけられ、手に持っていたグラスを落としかけてしまう。
間一髪のところでトリッシュがグラスを支え、私の背後を睨んだ。
「噂をすれば、って感じね。」
空いている席にミスタが滑り込むように座ってくる。
「トリッシュ、そんな睨むなって。二人でなんの話してたんだよ?俺も混ぜてくれない??」
「あっち行ってて。全く、なんの用よ。」
「こいつに用があって来たんだよ。ちょっと借りるな。」
遭遇したときのように肩に手を回され、無理やり立たされる。
トリッシュはご愁傷さま、とでも言うようにヒラヒラと手を振った。

カフェのテラス席を、私の手を引っ張って抜けると裏路地に入る。
「ちょっと、本当に何の用?今トリッシュと…。」
「お前、今朝何にも言わずに出てっただろ。」
怒っているわけではないようだが、子供のように不貞腐れてこちらを睨んでくる。
「出るときは声かけろって言っただろ?」
「…別にいいじゃん。恋人じゃあるまいし。何しようが私の勝手でしょ。」
逆に睨み返してやると、ミスタはわざとらしく肩を竦めた。
「よく言うよなァ…夜はよく啼くくせに。」
「…ッ、それは…。」
私が怯んだ一瞬を見逃さず、彼は私の腰を抱き寄せ、耳元で呟く。
「来るよな?今日も。」
甘く、吐息と共に吐き出された声に体の奥が疼いてしまう。
「行かない、今日は行かない!」
「来るだろ、どうせ。お前は絶対俺のお願い聞いてくれるもんなァ?」
そう言って揶揄うように、口の端を上げて笑う。
「あとで迎えに行くからな。じゃあな。」
それだけ言い残して去ってしまい、私は路地裏にしゃがみこんだ。
彼に言われた言葉が、耳元で囁かれた甘い誘いが体中をまとわりつく。
事実、彼に頼まれたら断れないのは本当なのだ。
初めてを捧げたときから、それは呪いのように私の中に根を張って残っている。
ミスタが私をなんとも思っていなくても、私を求めてくれるのならば、と。
根源をどうにかしない限り、私は一生かかっても彼から逃げることはできないだろう。

彼にかけられた呪いとは別に、私は自分自身にかけている呪いが一つある。
それは、件のあの日。
彼の言葉に期待を裏切られ、放心していた私でも、絶対に守らなければならないと決めていたことの1つ。
「唇へのキスは絶対にしないこと。」
これは彼と関係を持つ直前に、約束したものだ。
「何でだ?どうせヤるなら関係なくないか?」
「唇へのキスは、本当に好きな人としたいから取っておきたい。」
そのしたい人が目の前にいるというのに、彼への思いを言い出せず、私は意地でもそれだけは守り抜こうと決めた。
いつか本当に、彼以外に好きな人ができるかもしれない。その時の為に誠意を持ってする為に。
けれども、逆にそれは自分への枷となっているところがある。
ミスタ以外の子と付き合って、そういう雰囲気になっても考えてしまうのだ。
目の前にいる人を、ミスタの事を好きだった時以上に好きになれるのだろうか、と。
あのとき本気で好きだった彼にさえできなかったのに。
弱い私を守る呪いは、彼にかけられた呪いと絡み合って私を縛っている。

数日後。
公園のベンチで本を読む昼下がり。
本の上に、誰かが影を落とす。
顔を上げると、見知らぬ女の子が立っていた。
赤いリップに派手目の化粧。
こういうの、ミスタが好きそうな…。
「あんたよね?ミスタにまとわり付いてる女。」
予感的中。ミスタが引っ掛けたであろう女の子だ。
こういうことは今までにもなかったわけではない。彼に絡まれることで彼を思う女の子達からはよく思われずにいることがほとんどだ。
初めてではないにせよ、巻くのはなかなか面倒なのでどうにかしたい。
「別に、まとわりついているわけじゃないけれど…。」
赤リップの女の子はどうだか、と鼻で笑った。
「まぁいいわ。私ね、本気で彼と付き合いたいわけ。」
ここまでデフォルトだ。どうせ、次はミスタに近づくなとかそんなことだろう。
「彼ね、『俺、好きなやつがいるんだ』って言ってたのよ。直接聞いたわけじゃないけど、私に会った直後に言ってたらしいからきっと私のことだと思うの。だから、彼に近づかないで頂戴。」
目を合わせないようにとしていた私も、流石に彼女の方を向いてしまった。
勝ち誇ったような顔で、私を見て笑っている。
あのミスタに、特定で誰か好きな人がいるなんて、初めて聞いた。
ずっと前に、お腹の奥で渦巻いて沈んでいたものがまた上がってくるような感覚。
気付けば赤リップの彼女はいなくなっていて、とり残されているのは私だけだった。

「こんなところにいた。」
呼びかけられてまた顔を上げると、ミスタがいた。
さっきまで明るかったはずなのに、夕日が落ちかけている。
随分と長い時間がたっていたようだ。
先の彼女に言われた言葉がミスタの顔を見た事で、また脳内で渦巻く。
こちらの考えている事なんてお構い無しに、彼は私に話しかけた。
「探し回ってもどこにもいねェしよ。今日も来るだろ?」
「…好きな子、いるんじゃないの。」
彼に会ったら何と問いかけるべきか。そう考えていたけれども結論何も包まずに聞いたほうがはっきりしてて良い。
そう思った私は、真正面からど直球に問いかける。
「誰から聞いたんだよそれ。それよりさァ、今日─」
「行かない。」
私はベンチから立ち上がって、彼の目を見つめる。
彼にかけられた呪い。私が、私自身にかけている呪い。
呪いを解くには、絶好のチャンスだった。
「いい加減やめよう、こういうこと。好きな人がいるならちゃんとしなよ。」
「お前、何か今日変だぞ??」
「変じゃない!!!!!」
思っていたよりも、大きくて尖った声が出る。
それでも、ミスタの言葉を振り切るにはこれ以上無いと駄目だ。
このお腹の奥底の痛みも、彼への思いも、全て押さえつけるにはこれよりもっと必要だ。
「いつまで私達ってこの関係を続けなければいけないの?いつまで貴方の呪いに縛られなきゃいけないの?」
一つ言葉が出ると、次から次へと言いたいことが溢れてくる。
気付けば、視界がぼやけていた。どうやら私は泣いているらしい。
ミスタの方を見直すと、彼は私をみて驚いた顔をしていた。
「前に進もうとしても、貴方が必ず来るから私は前に進めないの。そのくせ、自分だけ色んな子に声かけまくって。どうも思っていないならもう来ないでよ。いい加減、前に進ませてよ!!」
自分自身にかけている呪いが原因なのも十分わかっている。それでも、今は彼に言葉をぶつけなければならないと気がすまなかった。
畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
これで、本当に最後。
「私の気も知らないで、自分だけ自由にやって、都合のいい関係なんてもうまっぴら!!!私がこんなに貴方のことを思っても、応えてもらえない!!私は、貴方の事が、──」

勢い良く吐き出していた言葉が止まる。
─否、止められている。
強く引き寄せられた腕がじんじんと痛い。目を大きく開くと、彼の閉じた睫毛がよく見えた。
唇に当たる、押し付けられたような感触。
それがゆっくりと離れ、同時にミスタの顔がよく見えるようになる。

「好きだ。」
たった三文字の短い言葉なのに、投げかけられたそれは強く頭に響く。
ミスタは、私の胸に顔を埋めてもたれた。
「…知ってたんだ、お前の気持ち。初めてしたときから。今までもずっと。」
顔を埋めているせいで、声がくぐもって聞こえる。
先程とは違う意味でボロボロとあふれる涙が、彼の頭に雨のように降り注いだ。
「好きなやつがいないって言われたとき…本当はお前の気持ち知ってたのに、意地になって俺は自分の気持ちを言えなかったんだ。段々、お前が他の男といるようになって、前に進もうとしてるの見て。すげえ焦ったし、嫉妬した。邪魔してやろうと思って、あとつけたこともあった。それに、俺が頼めば絶対お前は来てくれるって知ってた。都合良い関係でも、必ず来るって思ってた。俺は、お前の弱みに付け込んで、甘えてたんだ。」
埋めていた顔を上げて、ミスタは私を見返した。
昔見た、捕らえられるような視線とは違う、優しくて愛おしいものを見るような目。
「だから、今更かもしれないけど、ちゃんと言わせてくれ。…お前が好きだ。今までも、これからも。」
「だ、だって、そんな素振り見せなかったじゃない…本当かどうか…。」
「見せないように取り繕ってた。それに…」
ミスタが、私の唇に触れる。彼のゴツゴツした男らしい指が、弧を描くようになぞった。
「本当に好きなやつにしか、ココにしないんだろ?」
お腹の鈍い痛みが、炭酸が弾けるようにぱちぱちと消えていく。
やがて痛みがなくなって、甘くて優しい感覚だけが広がっていく感じがする。
私にかけられていた呪いも、痛みと共に消えて無くなったのだろうか。
後ろめたさや、そういうものが全てなくなって幸福で満たされた感覚。
「…私達、結構意地っ張りよね。」
「そうだな。…勿論、そこも好きだよ。」
先程とは違って、ゆっくりと体を引き寄せられる。
だんだんと近づいてくる彼の顔を見ていたかったけど、私は目を閉じた。

再び触れた感触を忘れないようにと。


 * * * 



数日後。
「トリッシュによ、すげえ怒られたんだ。『いい加減にはっきりキメてこないと、貴方より断然いい男を彼女に紹介するわよッ!!』って。」
「トリッシュ様々だね。あとでお礼言わなきゃ。」
めでたく、『都合の良い関係』から恋人へと変わった私達は、カフェでデートを楽しんでいた。
今までは体を重ねる目的だけで会うことが多かったのだが、こうして二人思いを伝え終わったあとに目的も何も無くするデートが、とても良いものに感じる。
「ちゃんと報告しないとね。他にも何人か、ええっと…。」
「ミースタッ!」
甘ったるくてねっとりとした声が飛んでくる。
あ、すっかり忘れていた。先日の赤リップ……。
赤リップの彼女は私を睨むように一瞥すると、ミスタの腕に自分の腕を絡めた。
「ねぇ、私と付き合うこと、ちゃんと考えてくれた??」
今の恋人は私なんだけど、と言い出したい気持ちを抑え、ミスタを見る。
普段からいろんな女の子に声をかけまくっている彼は、一体どういう対応をするのか気になったからだ。
彼は、思っていたりより強く彼女を突き放し、突然私を引き寄せるように顎を掴んだ。
「悪ィな。俺、こいつしか見てねェからよ。」
「ちょっとなに……んッ……」
突然視界が暗くなって、唇を押し付けられた。
よく見えないけれど、彼の後ろで彼女の悲鳴が、短く聞こえる。
「そういう事だから!じゃあな!!」
ミスタは、突然キスされて腰が抜けた私を抱えるように立ち上がらせる。
彼に引かれるまま、逃げるように店を飛び出る。うしろから冷やかすような声と彼女の怒号が、飛んでやかましかった。

「ちょ、ちょっと!!さっきのあれ!!他に人いるのに……!!」
顔に血がのぼって熱い。人前であんな事されるとは、と手を引かれて走りながら顔をぱたぱたとあおいだ。
「いいんだよ。あれくらいやらねェと周りに伝わんねえ。それによ。」
こちらを振り返って彼はにやりと笑う。
「今が健全で、今までの方が不健全だっただろ?付き合ってもねェのに、体だけの関係なんて、な。付き合ってから人前でするキスくらい、どうってことねェだろ。」
今じゃ何しても異常じゃなくて、正常の普通の、健全な関係だからな、と彼は大きな声で笑う。
「ほんっとに…もう…ミスタは。」
呆れつつも、彼の笑い声に釣られて笑ってしまった。

熱い夏のジリジリとさす日も、今は鬱陶しいというより清々しく感じる程で。
あの時から止まっていた私達の時間が、やっと動き出し始めた。




(( 意地っ張りに溶けぬ呪いを ))

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